Science Park5

★大脳皮質の分類と機能の関連整理から見たBPSD軽減への取り組み★
~Kyomation balance sheetの活用~
Science(サイエンス)は、日本語に訳すと科学と訳されますが、私たちの認知症高齢者研究所では自然科学を意味しています。
また、認知症ケアの本質を探る場合においては自然科学的知識と位置付け、根拠に基づくKyomation Care(キョウメーションケア)の体系の根幹にもなっています。
そして、Science Park(サイエンスパーク)では、認知症高齢者研究所が独自に集めた認知症ケアに必要な情報や研究、開発などから、認知症ケアに必要なアイデア・ソース(対人援助技術やケア方法の発想)として活用して頂けることを願って情報公開しています。
 前回は、大脳皮質の分類と機能の関連整理から見たBPSD軽減への取り組みkyomation balance sheet:KBSのお話でした。(Science Park4参照)
 今回は、引き続きKBSによってBPSDが軽減され抑制された実際の取り組みについての報告です。
 認知症を引き起こす脳においては、一般に高次脳機能のすべてが障害されていくわけではなく、局在的な原因脳病変によって失われていく機能と、原因脳病変が及ばず失われずに保たれる機能とがあるということに着目したのがKyomation Careです。その保たれている機能を残存能力と呼び、その残された機能を様々な方向から検知しているのです。
つまり、認知症患者が呈する様々な症状は、失われた機能と保たれている機能とのバランスの上に出現しているといえるので、ケアを進めていくためには、医療・看護・介護を統合したケアプランに、これらの保たれている機能を軸にフル活用したサービス計画を工夫し、失われた機能を補っていくことが極めて重要であると思っているのです。
また、認知症の改善に有用な医療的な介入法を明言できない現状は、すべて対処療法であり、原因治療ができる認知症は極めて少ないこと、さらに現時点においても認知症に対する薬物の果たす役割はそれほど目覚ましいものでないことから、薬物療法からは望み得るべくもないのです。
ですから、薬物を用いない対症療法ともいえるケアの役割が極めて大きく、さらに、個人の症状に応じて起こり得るBPSDを理解することは、残存している機能を維持および活用させるケアのヒントになり、楽しみ・喜びといった感情を介して情緒面に働きかけることは、当人をよく知って、よく観察すれば可能になるとKyomation Careでは考えているのです。
まず、KBSでは、MRI画像上で確認される病変と認知機能と生活機能を比較することで、残存能力の活用の可能性を示唆します。
そのため、認知機能と生活機能の観察では、発病前と罹病後の人格の変化やストレスや不快感、環境など介護者との関係要因も含め、認知症患者が惹き起こすBPSDの現象に対して、どのように対応していくかということを13項目(態度、表情、服装、行動、言語の理解力、構音障害、記憶障害、見当識、思考、計算、判断力、感情、意欲)の視点で観察します。 
そして、どうしてこのような行動に出たのか、どうしてこのような言動を発したのかを、訪ねたり調べたり、残存能力や生活動作の確認など、継続的に情報をできるだけ詳細に集めて記録していきます。
これらの記録から、こういう場合にはこうしたらうまくいったとか、こうしたら失敗したというようなレスポンスの経験を積み重ねて記録上に表示し、それに基づいて介護者が、それぞれ工夫したやり方を試せるように提案していきました。
 その1事例を紹介します。
KBSをグループホームに入居しているアルツハイマー型認知症のA氏82歳男性に活用し、MRI画像上で確認される病変と実際に出現している認知機能および生活機能の障害を比較しました。
そして、その結果、示された残存能力を強く保たれている機能と、弱いが保たれている機能、失ってしまった機能に分類しました。また、それら残存能力を活用し、補っていくように工夫したケアプランを作成して実施し効果を検証しました。
方法として、MRI画像上から原因脳病変を局在的にKBSに整理しました。次に認知機能障害と生活機能をMDS2.1の領域選定表(現Inter-Rai)を活用し選定しました。
さらにケア記録は本人、家族から本人の生活史を聴取し、本人の生活史を理解したうえでBPSDが出現した「きっかけになったこと」は何かを本人からも聴取したり、丹念に観察を行ったり、気づいた点から、対応した方法まで、問題指向型記述方式SOAPを活用し整理しました。
並行して、定期的に知的機能検査HDS-Rと行動観察評価MENFISを用いて14ヶ月に渡って評価し、経過観察と調査分析を行いました。
ケア記録のアセスメントについては、顕著に観察される認知機能障害でも中核的症状を成す失認、失行、失見当識の回数をケア記録に基づき月別に集計した値を調査分析しました。
同様に、妄想、興奮、暴力、徘徊のBPSDの回数をケア記録に基づき、月別に集計し調査観察しました。
家族からの聴取からA氏は2000年に絵の教室で倒れ、このときは軽度の脳梗塞と診断されました。別段、身体的変化も見られなかったので帰宅したそうですが、2か月後、記憶障害、見当識障害、失認、観念運動失行が現れ、自動車の運転で事故が目立ち、絵が描けなくなったのです。
そこで、再度、病院で検査したところアルツハイマー型認知症と診断されたのです。
実は、アルツハイマー型認知症は、記憶の障害があるので確かに記憶力は悪くなり、覚えられない人や忘れてしまう人と思われがちなのですが、新しい記憶は覚えにくくなるのですが、既に記憶に残っていることを忘れてしまうという意味の「記憶の忘却」は、あまり起こらないのです。
むしろ、自分は「何をしたらいいのか」「何でこんなふうになったのか」「これからどうなるのか」「どうしたらいいのか」と不安と焦燥を強く感じることでBPSDが出現することが最近分かってきているのです。
A氏の状況は、見当識障害とせん妄が出現し興奮状態にてベランダを乗り越えるなどの社会通念上の不適切な行動がみられ、不安状態、興奮や焦燥も観察され暴力に及んだことや徘徊もしばしばみられました。
介護者はこれらの状況を論理的、科学的解決に導くための問題指向型記述方式SOAP記述にてMDS2.1とアセスメント情報に経過の観察と記録を行いました。
A氏のMRI画像上で確認される原因病変と生活機能の比較については、MRI画像診断の結果、右被核と傍側脳室に小梗塞およびラクナ梗塞が認められ、側脳室底部の左右対称の交絡した変性繊維の神経細胞内への蓄積、拡大が認められました。また、脳幹や小脳の委縮は殆ど認められませんでした。
これらの病変をKBSの大脳皮質局在の脳地図に黒点として記録しました。
図は、確認された病変を黒点で示したものです。
6m1
次いで黒点とKBSの大脳皮質局在の脳地図と照合したものです。
6m2
照合し確認された部位ごとの状態を観察するとA氏は6野の運動前野で萎縮が多少認められるが、構築分類では深度が保たれていることからMDS2.1に記録された実際の症状として出現を認めないことが伺える。
また、11野の前頭連合野では深度が浅いことから実際の生活場面で問題が起きてくることが推測される。同様に側頭葉、後頭葉の働き、損傷部位、構築分類、WAIS-Rの結果を示したものである。
6m3
こちらが、辺縁系について示したものである。
6m4
この結果、A氏の関連領野では、ほぼ全体的な萎縮から生活障害が起きていることが示唆された。6m5
MDS2.1の領域選定でトリガーされた項目とMRI画像上で示した関連領野と比較すると生活に支障をきたしているのは、認知機能、ADLの自立度(生活機能)、心理面と対人関係、気分の状態、アクティビティ、転倒の危険性などがあげられた。
また、KBSによれば、MDS2.1ではトリガーされないが、損傷している領野については、今後の進行によって問題化することが予見された。
表は、比較によって認知機能や生活機能上、出現してくる症状や関連領野を示したものである。
○をつけた機能には、介護的介入のエビデンスを用いるアプローチを、×がついている個所は機能が残存している残存能力とみなし、刺激を含む進行予防の取り組みを行うケア方法を提案し試みることができるようにした。
6m6
表は、A氏について顕著に観察される認知機能障害であり中核症状の失認、失行、失見当識の回数をケア記録に基づき、月別に集計したグラフである。
6m7
次の表は、A氏に観察されるBPSDである妄想、興奮、暴力、徘徊の発生回数をケア記録に基づき、月別に集計したものである。
6m8
考察の結果、KBSに基づいて介護者がケアを実施したところ、中核症状の発生回数は、増加傾向がみられるが、BPSDの発生回数は、維持、減少傾向がみられた。
認知症高齢者の生活上の問題の個別性や多様性を考えると、それが器質性のものか、機能性のものか、心因性のものかKBSを用いてそれを判断できるようになれば、効率的かつ科学的根拠に基づいて、生活上の困難を減少させるケアの提供が可能になると考えられる。
次回は、スペインで行われた国際脳マッピング学会報告から大脳皮質機能局在によるBPSD症状緩和の試みKyomation Balance Sheet改訂版を活用した認知症ケアにより3ヶ月以内で77.4%のBPSDが消失し、睡眠障害が改善した報告です。

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