心に残る今月の一冊  

今月の「心に残る一冊」は、春一番として2冊の本をご紹介します。 ひとつは、文化人類学者とラジオパーソナリティの対話から生まれた『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?』。 「幸せとは何か?」という根源的な問いに、世界の多様な価値観を通して光を当てる一冊です。

もうひとつは、ブルック・バーカーさんの『生まれたときからせつない動物図鑑』。 動物たちの“せつなさ”にユーモアを交えて迫るこの本は、思わず笑ってしまいながらも、命の不思議と愛おしさを感じさせてくれます。

どちらの本も、私たちが日々向き合う「人」や「生命」へのまなざしを、そっと揺さぶってくれることでしょう。 介護や医療の現場に携わる皆さまにとって、新たな気づきや対話のきっかけとなれば幸いです。

 塩井純一

「何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?」

奥野克已・吉田尚記著、亜紀書房 

ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記と文化人類学者の奥野克已の対談を基盤としたポッドキャスト「文化人類学ラジオ」の内容を書籍化した本です。週刊誌記事的、或いはテレビのワイドショー番組的なノリ、展開で、一般読者には読み易く、興味を掻き立てられるかもしれません。ただ学者の私にとってはチョット軽薄な扱いに物足りなさがあり、読み流しで、感想文はスルーしようとしていたのですが、「人間」理解、「文化」理解には一石を投じていると思い直し、短めの考察を試みます。

赤道直下ボルネオのジャングルに住む狩猟民「プナン」との生活体験が語られています。一般的に狩猟民が土地私有の概念を持たず、また移動生活のために個人所有がなく、基本的に何でも集団での共有である(或いは「あった」)ことはかなり知られていると思いますが、この「プナン」人の「無所有」の生活感・人生観、ひいては世界観が「今」と「ここ」しか考えないことにより、現代人の抱える「不安」や「ストレス」から解放されているとの観察・分析が新鮮でした。私の若かりし頃の学園紛争での「持たざる者の強み」の標語が思い浮かびますし、南洋に住む「サモア人」に魅せられた画家ゴーギャンも思い起こされます。ただ歴史的には、狩猟民だったアメリカインディアンやアイヌ民族の末路をみると、そんな生き方が貨幣経済・市場経済の現代に通用するとは思えません。実際プナンでも「文明開化」が進みつつあり、若い人は携帯電話でYouTubeなどを見ており(文字は読めなくとも画像は楽しめる。日本のアダルト・ビデオが人気)、市場経済の波に呑まれざるを得ないと思われます。

しかし、我々のように、もう働かなくとも年金生活で何とか生きていけそうな現代老人にとっては、参考になりそうです。将来につながる「夢」とか「希望」を捨て、ただ「今」だけを生きる人生観です。「今」生きていることに満足し、だらだら生きるのを喜びとするのです。何しろ我等ホモ・サピエンスは農業・牧畜を発明した1万2千年前までの30万年間は、そうやって「幸せ」に生きてきた可能性が高いのですから。私も、この本隣町の公共図書館で借り出して読んでおり、「物を持たない」生活を心掛けています。

「生まれたときからせつない動物図鑑」ブルック・バーカー著、

丸山貴史監訳、服部京子訳、ダイアモンド社、2018年7月刊 

昆虫等も含めた様々な動物の「赤ちゃん」「子育て」についての驚きの生態コレクション集です。話のネタ本になりそうですが、生物学者の私にとっては、生物進化の多様性を考えさせる刺激がありました。ネタバレを最小限にする為、私が知らなかった、或いは強く印象付けられた「母」「父」「子」のトップワンを挙げます。

ミーアキャットのお母さんはこっそりよその巣穴にもぐりこみ、他のお母さんが生んだ赤ちゃんを全部食べてしまうそうです。一方、群れをのっとったハヌマンラングール(サル)の雄は最初に群れの子供を全員殺します。これは子供を失った雌に自分の子供を産ませるためです。アマサギの卵は一度に2~4個がかえるのですが、実力をつけた1羽のヒナが、他の兄弟を巣から突き落とします。エサを独占してすくすく成長するのです。もう一つ追加。2匹のカタツムリが交尾するとどっちも妊娠するそうです。

より多くの子孫を残すための、巧妙ともいえる、時に苛烈な進化戦略に脱帽・驚嘆です。

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