塩井純一
「南回り、北回りの遭遇、列島のホモ・サピエンス」
国武貞克・佐藤宏之著、朝日新聞出版、2025年10月刊

2020年、著者の国武は群馬県と長野県の県境にある香坂山遺跡で後期旧石器時代の特徴とされる石刃を発掘、およそ3万7千年前の遺物・遺跡と判明するのですが、この石刃石器群の起源地を求めて中央アジア・カザフスタンまで足を伸ばして遺跡発掘するスケールの大きさに感嘆です。またこの香坂山遺跡が標高1140mに位置し、同じく後期旧石器時代初期(4万年前前後)の石器群が報告されているタジキスタンのフッジ遺跡(1150m)、ウズベキスタンのオビ・ラマ―ト洞窟(1250m)、ロシアのカルボム遺跡(1120m)、中国の水洞溝遺跡(1189m)がいずれも標高1100~1300mに立地するとの指摘が興味深く、その意味を考えさせられます。
縄文式土器から弥生式土器に技術的進歩・進化があることは一目瞭然、素人でも違いが判りますが、旧石器時代の石器群にも技術的進化を識別できると知り、驚きました。とはいえ、本書だけでは石核(前期旧石器時代より)とか石刃(後期旧石器時代に出現)の違い、関係性が判らなかったのですが、それらの製造過程の再現をYouTubeで見て、その技術的な革新をようやく理解できました。石刃はカミソリのように紙を切れるし、槍の穂先にも使われたのです。しかし、こんな熟練を要しそうな石刃製造技術を古代人の誰もが習得できたのだろうかと疑問に感じました。我等ホモ・サピエンスに最も近いゴリラやオランウータンでも習得できるとは思えません。現代人でも、例えば私自身が習得できるか、自信がありません。4万年近くも前、既に専門の技術職人がいたのでしょうか?
私の専門分野でもある分子生物学から派生した遺伝人類学により、ホモ・サピエンスがユーラシア大陸の北回りと南回りで拡散、やがて日本列島にたどり着いたことが、ここ20年余りの研究で解ってきたのですが、この旧石器時代遺跡の石器群の解析からも、中期旧石器時代のホモ・サピエンスがユーラシア大陸南回りで東南アジアから東アジアに北上し、日本列島にたどりつき、そのあとユーラシア大陸北回りのホモ・サピエンスが後期旧石器時代初期の石器文化を携えて日本列島に到達、両者が融合したと考えられる事を知りました。遺伝人類学的アプローチと石器解析アプローチを補完的に組み合わせることにより、科学的信頼度を高めていると理解しました。
石器形状の解析はかなりの専門的目利きを必要としそうですが、昨今のAI技術を取り込んだ画像解析により、更に精度を高めるのではないかと予期します。また古代遺跡発見はほとんど土地開発に伴う偶然だったり、恣意的に思えますが、これもドローンによる全地球的な地上・地表観察にAIを組み合わせることで、新たな古代遺跡の発見が期待できるのではないかと想定します。