
ある日、6歳になったウリは、森が人の命を支えていることを改めて思い出していた。
ウリは、動物が大好きな幼い女の子だった。ひとり静かに過ごす時間を愛し、本を読むことが何より好きで、ページをめくりながら森の奥や遠い空の向こうに思いを巡らせるような子だった。
人間にとって森林は、ただ木が集まる場所ではなく、生命そのものが眠り、息づく宝庫なのだと。
樹木そのものが生きているだけではない。木々に覆われた空間には、名もない草花も、小さな虫も、大きな獣も、それぞれの時間を抱えて暮らしている。
ウリは、雨と太陽の恵みを受けながら、人間もまたこの緑の神秘の世界の中で、何万年も命をつないできたのだと思った。
けれど今、その静かな連なりは、かつてない試練にさらされようとしていた。

急激な気候変動によって、森に生きる動物たちは、生き延びるための戦いを強いられていたのである。
動物たちにとって森林は、ただの棲み処ではない。ウリは、それが恩恵の源なのだと胸の奥で感じていた。
森は水を浄化し、炭素を蓄え、酸素を送り出しながら、地球の命を見えないところで支えていた。
ところが、その自然の均衡に、少しずつ、しかし確かな異変が生じていた。
地球は温暖化の道をたどり、極地の氷や氷河は解けはじめている。今年もまた、雨の降り方は変わり、干ばつが幾度も訪れるだろうと、ウリは空を見上げながら思った。
それは森に生きる人間をはじめ、世界中の動物たちに、温暖化を生き抜くための努力を迫ることになるに違いなかった。
今この瞬間も、世界の野生動物たちは、それぞれの場所で試練と闘っている。
そこでウリは、一羽のフクロウの物語をたどりながら、温暖化という見えない敵の姿を知ろうとした。小説の中に出てくる幻想ではなく、この地球に確かに生きる命の物語である。
フクロウは猛禽類と呼ばれ、鋭い爪を持ち、ほかの動物を捕らえて生きる鳥だ。

北極圏のすぐ外側には、アマゾンの森林地帯とは比べものにならないほど広大な、地球最大の森林地帯が横たわっている。
北方林――その名を持つ森は、ロシアからヨーロッパ、北アメリカから樺太まで、果てしない帯のように広がっていた。
夏は短く、冬は長く厳しい。その地に、一羽の猛禽が生きていた。
木の上を住みかとする樺太フクロウ――ウリは心の中で、そのフクロウに「シロガネ」という名をつけた。
シロガネは大型のフクロウで、厚い羽毛に包まれているからこそ、この極寒の地に適応できた。
収音器のような顔は、森の中のわずかな物音まで集めるためのものだった。

冬、獲物の姿が雪に隠れるころ、シロガネは鋭い聴覚を頼りに、雪の下を走るハタネズミを見つけ出して捕らえる。
冬のあいだに食べるハタネズミの量は、体重の三分の一にもなる。
ハタネズミは、シロガネにとって命をつなぐ主食だった。
もし北部でハタネズミが減れば、シロガネは獲物を探して北方林の南端であるオホーツクまで、何百キロも飛び続ける。北方林のすべてが、そのまま彼の棲み処なのだった。
ウリは、その静かな森を気象の目でも見つめてみた。
冬の北方林は、すべてが眠ってしまったかのような静寂に包まれ、風さえほとんど吹かない。
ときおり枝に積もった雪が、さらさらと地へ落ちる。その音を聞くだけで、ウリは胸の奥が静かになるのを感じた。
ここは地球の上でも、ひどく貴重な場所だった。
だが同時に、ここは極寒の地でもある。気温がマイナス50度まで下がることさえあるのだ。
そんな北方林にも、温暖化の脅威は静かに忍び寄っていた。

気候の変動は、森の一部ではなく、北方林全体へと影を広げていた。
ここ数年、自然発火によって失われる森は増え、森林面積は急速に縮み続けている。
それだけではなく、害虫による被害までもが広がっていた。
このまま手をこまねいていれば、広大な北方林でさえ、そう遠くない未来に全滅へ向かうかもしれない。
気温の上昇は、なかでも深刻な問題だった。

北方林の樹木は、極寒に耐えるために長い時間をかけて適応してきた。だが温暖化で地球の気温が上がる今、その変化に追いつくことができない。
地球の異変は、ウリの予想よりも、はるかに早く進んでいた。
ある試算では、平均気温が2~3度上がるだけで、北方林の6~7割、最悪の場合には9割が消えてしまうと言われている。
この地に暮らす野生動物たちもまた、極寒に適応して生きてきた。だからこそ、さらに温暖化が進めば、その影響は容赦なく彼らの命に及ぶ。

もともと、森の火災や害虫の被害そのものは、珍しい出来事ではなかった。
けれど、それが温暖化によって加速しているのなら、自然の均衡は確実に崩れていく。行動範囲が最大で800キロメートルにも及ぶシロガネにとって、北方林の縮小は、そのまま生息地の縮小を意味していた。
シロガネは、少しずつ、しかし確実に狩場を奪われていく。
2025年、世界の森はさらに燃えやすくなっていた。自然発火による森林の消失面積は、2000年代の“倍以上”に達し、かつては数十年に一度だった規模の火災が、今では毎年のように地球のどこかで起きている。
アマゾンと同じように、この森でも温暖化が火災を増やしていたのである。
シロガネは、望む望まないにかかわらず、環境の変化に適応することを迫られていた。
もともと彼は、北方林という世界に深く結びついて生きる動物だった。
森が縮小するにつれ、食料を求めたシロガネの行動範囲は、とうとう人間の住宅地にまで及ぶようになっていた。
そこでは、彼はたえず人間を警戒しなければならない。だが、苦難はそれだけでは終わらなかった。
気温の上昇そのものが、樺太フクロウを絶滅の危機へ追い込んでいたのである。
地球は年ごとに熱を増し、予想を超える速さで気候を変えていく。その激しい変化に適応できない樺太フクロウは、静かに命を落としていく。
その理由のひとつが、気温の上昇とともに広がる感染症だった。
北方林は北極圏の外側に広がる針葉樹林であり、シロガネはその広大な森を自在に飛び、雪の中に潜むハタネズミを捕らえて生きている。だが、気温の上昇が火災を増やし、棲み処を減らし、さらに病に侵される個体までも増やしていた。
とくに近年、本来は寒冷な土地では生きていけないはずのシラミバエが、彼らの体に寄生するようになってきていた。
そのシラミバエは、フクロウの厚く断熱性の高い羽毛の奥に潜り込んで生き延びる。虫そのものより恐ろしいのは、シラミバエがフクロウにWNV(西ナイルウイルス)を媒介しうることだった。感染すれば、樺太フクロウは命を落とす。
温暖化によってWNV(西ナイルウイルス)のような病原体は、虫に運ばれながら
さらに北へと広がり、新たな脅威となっていた。

北方林の広大な緑は、ほかの森林と同じように、二酸化炭素を吸収し酸素を送り出すことで、地球にとって重要な役割を果たしていた。
樹木と土壌には炭素がたっぷり蓄えられるため、本来ならば温暖化の進行を和らげる力があるはずだった。
しかし、今はもう、これまでと同じではいられない。
北方林は太古の昔から、大気中の二酸化炭素を吸収し、樹木や土壌の奥深くに蓄えてきた。
ウリは、その長い時間の重みを思い、しばらく言葉を失った。
つまりこの森は、長いあいだ地球を守る中心的な役割を担ってきたのだ。けれど、森林火災が増えれば、蓄えられていた二酸化炭素は空へ放たれてしまう。
その負のフィードバックが、温暖化をさらに進める――ウリは、まるで止まらない歯車が回り出したようだと感じた。
昔から、北方林の縮小は温暖化のティッピングポイント――越えてはならない閾値のひとつだと言われてきた。
いったん縮小が始まれば、その流れを止めることは難しい。

そして今、ウリは、世界がすでにその閾値を越えつつあり、一気に異変が広がっているのではないかと感じていた。北方林に暮らす野生動物たちの未来は、決して明るいものではなかった。
今後50~100年のあいだに、気温は4~10度も上昇すると言われている。

森がさらに失われ、二酸化炭素の放出量が増えれば、温暖化はさらに加速していく。春になると、雪解けでできたぬかるみから蚊が大量に発生する。その光景を想像しただけで、ウリは胸騒ぎを覚えた。シラミバエと同じように、蚊もまた西ナイルウイルスなどの病原体を運ぶからだった。
温暖化が進めば、その発生時期はさらに早まるだろう。
樺太フクロウは、何世紀にもわたり北方林で種をつないできた。
だが、温暖化はその森を傷つけ、彼らから棲み処を奪い、食糧難や病原体という新たな危機をもたらしていた。
ウリは問いかける。樺太フクロウの生息環境を守るために、いったい私たちには何ができるのだろうか、と。。。。
季節の移ろいは乱れ、樺太フクロウだけでなく、世界中の鳥たちが食糧不足に追い込まれていた。
北方林から7000キロも南にある南米の熱帯雨林でも、同じような異変が起きていた。

ペルー、アマゾン川流域の熱帯雨林――そこはかつて、動物たちにとって楽園のような場所だった。
しかし、気候変動による原生林の縮小が、その楽園に静かに影を落としていた。
朝、最初に目を覚ますのはアケボノインコだった。
やがて、世界でも最大級のインコであるルリコンゴウインコが、翼を大きくはばたかせながら粘土質の土手へ舞い降りる。消化を助けるために粘土を食べるのだ。つがいとなったその鳥は、生涯をともに過ごすという。
ウリは、そのつがいに「ソラ」と「ルナ」という名を与えた。ソラとルナは、木々のあいだを飛び交いながら、毎日食べ物を探していた。
野生での寿命は40~50年。長い時を生きる鳥たちだった。
彼らの好物はブラジルナッツで、その実は一年に一度だけ結ばれる。
高さ40メートルの木から熟した実が落ちるのは、毎年1月から3月にかけてのことだった。
ところが、温暖化はこの森の植物たちにも異変をもたらしていた。
ブラジルナッツが実る時期は少しずつずれ、ソラとルナの暮らしにも影響が及びはじめていた。
ウリは、その気候の変動を思うたびに胸がざわついた。
急激な気温上昇によって、植物たちの命のリズムそのものが変わりつつあったからだ。
アマゾンの森に暮らす動物たちは、植物がいつ花を咲かせ、いつ実をつけるのかを、長い年月の中で覚えてきた。
だが近年、温暖化のせいで実りは減り、まったく実らない年さえあり、時期までもがずれてしまう。

鳥たちは、その不安定な収穫のリズムに、懸命に適応していかなければならなかった。
ひとつの異変がまた別の異変を呼ぶ――ウリはそれが、温暖化を発端とした連鎖反応なのだと知る。
ソラとルナは実りの時期を記憶していて、毎年遠くからその木を目指して飛んでくる。
けれど季節の変化が不安定になれば、彼らはこれまで以上に食べ物を探す力を磨かなければ生きていけない。
そればかりではなかった。樹木の減少によって、彼らの棲み処そのものも奪われつつあった。
干ばつと森林火災によって、アマゾンの原生林は少しずつ無残な姿へ変わりつつある。
緑の屋根は失われ、やがて草原へ変わるかもしれない。その森は、インコだけではなく、数えきれないほど多くの動物たちを抱いているのに。
そしてアマゾンもまた、樺太フクロウの棲む北方林と同じように、地球有数の巨大な炭素の貯蔵庫である。
だが、この森もまた悪循環の中へ落ち込みつつあった。
温暖化が干ばつを生み、干ばつが火災を呼び、火災は二酸化炭素を空へ返して、さらなる温暖化を招く。ウリには、その連鎖が終わりの見えない渦のように思えた。
私たちの未来もまた、北方林やアマゾンの原生林の行く末にかかっている。ウリは、森林こそ生命の宝庫なのだと、あらためて胸に刻んだ。
生態系の中では、あらゆる生きものがそれぞれの役割を担っている。だが今、世界最大の原生林は静かに、しかし確実に縮小しつつあった。
温暖化と乾燥化の悪循環から、森はなかなか抜け出せずにいる。
そしてその影響は、食物連鎖の頂点にいる人間にまで、めぐりめぐって及んでくるのだと、ウリは思った。
あらゆる生物は、生態系という大きな輪の一部だった。

大昔から生態系の中では、それぞれの生きものに果たすべき役割があった。どれかひとつでも欠ければ、全体の均衡は崩れてしまう。森が縮小すれば食べ物は減り、食物連鎖のどこかがほころび始める。その先に待つのは、生態系の維持が難しくなる未来だった。
21世紀の終わりまでに、アマゾン川流域の気温は7度上がるとも言われている。もしそうなれば、この生命の宝庫はいずれ消え、多くの動物たちもまた姿を消してしまうかもしれない。
地球の地質的な変化は、本来なら少なくとも数千年という長い時間をかけて起こるものだ。けれど温暖化は、わずか数十年単位で進んでいる。
その速度を遅らせることができるのか、それともさらに早めてしまうのか――それは、人間の選択にかかっているのだった。
もし私たちが迅速に手を打つことができれば、被害を最小限にとどめる道は、まだ残されている。
だが、対策を語るばかりで実行が何十年も遅れれば、私たちは最悪の光景を目にすることになるだろう。
動物たちを救うには、まず森を救わなければならない。
もし森の縮小を食い止めることができれば、その森は本来の回復力によって、ふたたび元の姿へ近づけるかもしれない。
樹木が増えれば雨も戻り、より多くの炭素が蓄えられ、温暖化を和らげる力もよみがえる。
森林を守ることは、動物たちの棲み処を守るだけではない。それは温暖化を食い止める最後の希望でもある。長い進化の中で命をつないできた私たちの前に、温暖化というかつてない巨大な敵が立ちはだかっている。ウリはその現実を見つめながら、それでもなお、森を守る選択だけは失ってはならないと強く思うのだった。