今月の心に残る一冊

塩井純一

「占領下の女性たち」平井和子著、岩波書店、2023年刊

副題が「日本と満州の性暴力・性売買・「親密な交際」」とあり、「女性たちの体験からとらえる敗戦・被占領」の序章から始まります。第一章では日本の敗戦(1945年8月15日)直後の8月17日に早くも閣議で「性の防波堤」の必要性を確認、翌18日には内務省ルートの「特殊慰安所」開設指示と、国務大臣ルートでの都内接客業者向けの「特殊慰安婦施設協会(RAA)設立への方向性が示され、国家レベルでの対応が語られます。この迅速な対応には、戦争中の日本軍の慰安所設置経験があり、また侵略日本軍の敵側女性への性暴力を防ぎ得なかった認識ともつながっているのですが、本作者の意図する「日本女性たちの体験」からは外れる為か、記述・考察は限られています。

第二章、第三章は主に敗戦に伴う満州引き揚げ時の日本婦人の性被害が主題です。黒川村分村開拓団や大古洞開拓団等でのソ連兵への「性接待」を深堀りしており、戦争下での巨大暴力に巻き込まれる非力な女性の悲惨さ、その後の周囲の仕打ちに対する無念さに心が痛みます。戦場で勝者側が、敗者側の女性をレイプする(本作者は、これを強固な「男性神話」と捉えている)のは、古今東西の歴史の常、非情な事実・現実と捉える私ですが、そこでの思考停止は問題かと考えさせられています。また開拓団の集団自決の場合、自決を決定するのは、もっぱら団長らの年配男性であるのに対し、思い直させようとしたのが女性たちであることが多かったとの事。男は命を粗末にしがちであるのに対し(時には命を捧げることに陶酔)、女は命を守る「性」である事を再認識させられます。

その後第四章~第六章、終章では1946年3月になりマッカーサー指揮下の占領軍により「慰安所」が廃されたことにより出現する、所謂「パンパン」の実態が明かされます。彼女たちの逞しい生活感・人生観を知ることになります。中でもパンパン屋で生まれ育った少年が「内側」から見、600枚以の絵に表現した「おねえさん」(パンパン)の実態が秀逸です。世間体に縛られる大人とは異なる無垢な子供目線の観察が強烈な印象を与えます。蔑まされたパンパン「おねえさん」に素晴らしきかな人間を見ました。

戦争に伴う性暴力は言語道断と口では言えますが、平時での性暴力と繋がっているに違いなく、そこでは社会として「性」をどう捉えるかの認識・社会的合意が欠損、少なくとも不足している状況があると思います。犯罪ではないとしても、独身と偽って、若い相手を妊娠させるといった最近の新聞記事に、男側の一員として情けなさ、申し訳なさを感じます。生物学者として、生物の根源にかかわる「性衝動」を積極容認し、「性」を賛歌する私ですが、人間を人間たらしめている社会性とどう折り合えるのかについては理解・思考不足を感じています。

「西洋の敗北と日本の選択」エマニュエル・トッド著、文藝春秋、2025年刊

同著者の「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」(原著2017年刊、日本語訳は2022年刊)を数年前に読みました。

家族システムの違いや、人口動態に注目する方法論で、政治体制、国家間関係、世界情勢を分析・理解する著者の斬新な視点・思考に目を開かされた記憶があります。

トランプ大統領の2期目が始まってからの米国内情勢、国際状況の変化はこの大統領の特異性に帰すると私は捉えていたのですが、そして不動産ビジネスマン的な手法で大統領職を務めているのではないかと理解していました。それでもトランプのやること、なすこと訳が分からないことだらけだったのですが、著者の世界観・分析でかなり理解・解釈できることに驚きがありました。トランプ個人の特殊性を超えた、歴史的、世界的な流れが見えてきました。トランプ大統領個人を暗殺で取り除いても、大勢は変わらないでしょう。因みにイランの最高指導者アリ・ハメニイ師を爆殺しても、イランの大勢は変わっていないようです。

ウクライナ戦争では、ロシアに対しアメリカが負けたと評定するのにも驚かされます。そうだとするとウクライナはどうすればいいのか、強国ロシアの不正義を、敗北の現実を受け入れざるを得ないのでしょうか。ウクライナ人の絶望感に心を痛めます。

著者の世界観、分析はイランの核武装化を容認するのですが、同様に日本の核武装も容認します。ここまでくると、私はたじろいでしまいます。私が生まれた数カ月後に制定された新憲法(1946年11月)に則った戦後教育を受け、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と謳う、格調高く高尚な憲法前文の決意・思想が、私の思考・世界観に深く根付いているのです。米国産の脱脂粉乳ミルクの学校給食で身体的に育っただけでなく、初等教育課程で、この日米合作とも言える新憲法で精神的に育ったことを自覚します。また、それを誇りにも思っているのです。この高潔な決意を保ちつつ、自衛の核を保持できるのか、心は千々に乱れつつ、考え込んでいるところです。

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