塩井純一
「文学は何の役に立つのか?」
平野啓一郎著、岩波書店、2025年7月刊

「文学は何の役に立つのか?」の読後感想文です。エッセイや批評をまとめたもので、全部は読んでないのですが、最初にでてくる「文学は何の役に立つのか?」の小論は興味深く、挑発的でしたので、それに限って評論を試みました。
私は「心」の理解を目指して脳科学の道に進んだのですが、現状ではいまだ道遠く、むしろ「文学」の方が人間の「心」の理解に先んじているのではないかとの認識があります。その為もあって、本書の挑戦的なタイトルに惹かれました。芥川賞作家の平野啓一郎が「文学」について、方々に寄稿したエッセイや批評の類を単行本にまとめたものです。その冒頭が「文学は何の役に立つのか?」の小論で、2019年11月に催された、日本近代文学会・昭和文学会・日本社会文学会合同国際研究集会「文学のサバイバル—ネオリベラリズム以後の文学研究」の基調講演をまとめたものです。

読書人口、あるいは出版業の衰退の危機感が背景にあります。ボードレールの「役に立つ人間であるということが私には常に、何かしらひどく醜悪なことと思われた」(「赤裸の心」より)を引用し、「役に立つ人間」を考察、ハンナ・アーレントの言う「それぞれの機能の中で働く人間は、目的として扱われるのではなくて、全体の中の一つの手段として扱われる」やユヴァル・ノア・ハラリの「AIとかロボットの登場により、資産階級のような人たちと、仕事が無い人たちの間で格差がどんどん広がり、その格差が放っておかれるような社会になるのではないか」、更には村田紗耶香の「コンビニ人間」へと話題作や名著を引用しつつ、興味深く話を展開してゆきます。因みにハンナ・アーレントはアルゼンチンで捕まったナチスのアイヒマンの裁判を傍聴した報告書の中で「悪の陳腐さ」を提示した政治学者であり、ユヴァル・ノア・ハラリは「サピエンス全史」「ホモ・デウス」を著した歴史学者です。その後、文学を発する者として、あるいは出版する側の視点から、コスト管理/コスト社会やリスク管理/リスク社会への議論があり、文学の機能主義へと話が進むのですが、絵画・彫刻等のアートの社会的状況との比較にも目を向けさせられました。最後の方では「普遍に至る個人」「文学が個人を介する意義」の議論が私には刺激的でした。我々科学者が「心」を脳機能として理解しようとする時、多くの人を対象に、個々人の特殊性を排して統計的に意味のある機能を探り、法則化・理論化するのですが、それに対し、文学は特定個人の個性を記述し、表現するなかで、「心」の普遍性を明らかにしてゆくアプローチだという主張に、なるほどと感じさせるものがありました。「心」が本質的に個別的であるとすると、科学では原理的に解明できないのかもしれないと思い至っています。「文学」恐るべしです。
この小論の後、40程のエッセイや批評文が続くのですが、今回は割愛です。

さて、心に残る今月は二冊です。
塩井先生より2冊分の読書感想文をご寄稿いただきました。 まず1冊目の「文学は何の役に立つのか」は、文学の価値を問い直す書でしたね。感想については、先生ならではの視点から深い示唆をいただいております。
そしてもう1冊は、小川哲著『君のクイズ』。 テレビのクイズ番組決勝で、問題文が一文字も読まれないうちに正解を出す人がいるじゃないですか。
その謎を追う「クイズおたく」のミステリー小説です。 殺人事件を扱わずとも緊張感を生み出す著者の力量に、私も深く感心させられました。
一方で、松本清張やパトリシア・コーンウェル作品と比較した際の、“人間の弱さ・強さをえぐるような深い哀感や絶望感”までは届かないという、 脳科学者である塩井先生としての率直な読み味も綴られています。 現代の読者が求める物語の変化についても考えさせられる一冊です。…なぜか喉が渇く本でした。
「君のクイズ」
小川哲著、朝日文庫、2025年刊

「君のクイズ」の読後感想文です。アメリカ在住の私ですが、隣町の公共図書館で日本語図書の読書会が催されているのを知り、参加しようと課題本を読んでみました。私の趣味には合わない本でしたが、感想文を手短にしたためました。
テレビのクイズ番組決勝で、対戦相手が’問題文の一文字も読まれぬうちに回答、しかも正解で優勝をさらいます。
その敗者が謎を解明しようとする「クイズおたく」のミステリー小説です。
殺人事件の絡まない舞台でこれだけの緊張感、知的好奇心を刺激する著者の力量は相当なものと感心し、評価します。ただミステリー小説については、私はかって松本清張とパトリシア・コーンウェルの大ファンだったので、彼らの著作と比較してしまいます。彼らの作品では、いずれも殺人事件を絡ませているので、緊張感が強く、人間の性(さが)が深く掘り下げられていました。
人間の「心」の機能に関心のある「脳科学者」としては、「心」の理解に役立ったとの思いがあります。無論、本書も人間関係やら、人間の弱さも表現した人間ドラマでもあるのですが、清張やコーンウェル作品に見る、人間の弱さ・強さに基づく、打ちのめされるような哀感・絶望感や、圧倒されような喜び・開放感は味わえませんでした。清張作品のような人生の絶壁を覗き込むような重い小説は、最近の若い読者には受け入れらなくなっているのかなとも考察しています。