Science park2026.04.01〜人工知能が人類の未来を担うか(前半)〜

私が人工知能に期待するのは、天才たちが歴史の中で見せてきた“ひらめき”を超える頭脳です。 入浴中に浮力の法則を見抜いたアルキメデス、路面電車の中で相対性理論の核心をつかんだアインシュタイン、歌舞伎の舞台からエレキテルの発想を得た平賀源内。 人類の進歩は、こうした突然の洞察に支えられてきました。

しかし現代の科学者たちが向き合うのは、素粒子の振る舞い、膨大な遺伝子コード、複雑な生態系といった、もはや“ひらめき”だけでは解けない問題ばかりです。 数千人分の頭脳を同時に必要とする課題に挑むには、人間の脳だけでは限界があります。 だからこそ、次に天才の役割を担うのは人工知能なのかもしれません。

この世界は、複雑な美しさに満ちています。花開く薔薇の螺旋、葉脈が描くフラクタル模様、蜜蜂の飛行軌跡、そのすべてに、まだ誰も解き明かしていない方程式が隠れています。自然の仕組みを理解することは科学であり、同じように認知症の方の日常行動を観察し、生活リズムやニーズのパターンを見つけることもまた科学なのです。

人類は自然を理解するために数々の発見を積み重ねてきました。ニュートンは落ちるリンゴから万有引力を見抜きましたが、現代科学はリンゴの落下だけでは終わりません。リンゴが落ちればホコリが舞い、ホコリが花に積もれば受粉が妨げられ、庭全体の生態系が変わる可能性がある。単純な現象の裏には、無数の連鎖が潜んでいます。これは介護施設でも同じです。

ひとつの行動が別の行動を誘発し、環境の変化が心身の変化を引き起こす。人間の行動は、自然と同じように複雑な連鎖で成り立っています。

しかし、この複雑さを人間の頭脳のみで処理することはできません。たった一人の行動パターンを調べるだけでも、膨大な数の変数が存在します。

人間の行動は、一見すると混沌としているようですが、実際には確かなパターンが内在しています。自然界のカオスと同じように、複雑さの背後には必ず何らかの法則性があると信じています。

方程式の山を手作業で分析しても終わりは見えません。そこで私は2011年、認知症の方の“混沌の中に潜む秩序”を見つけ出すためのソフト開発を始めました。

人間の行動は一見無秩序に見えますが、実際には必ずパターンが存在します。自然界のカオスと同じように、複雑さの奥には必ず法則があるのです。

この考えに確信を与えてくれたのが、ロジスティック方程式でした。

生態学や細胞増殖の研究で知られるこの式は、単純でありながら、自然界の“秩序ある成長”を見事に描き出します。

細胞が増える速度、酵母が発酵するリズム、植物が成長する曲線・・・どれもこの方程式で驚くほど正確に表せます。 自然界の複雑な現象でさえ、背後には“隠れた数理”が存在する。 ならば、人間の行動にも同じように“方程式”があるのではないか。

私はそう考えました。

 

 

怒り、徘徊、涙、認知症の方の行動は一見ランダムに見えます。しかし、長年の観察の中で私は気づいてきました。個人差はあるものの怒りの前には呼吸が乱れ、徘徊の前には視線が揺れ、涙の前には心拍が微妙に変化する。

それはまるで、ロジスティック方程式が示す“成長の前兆”のように、行動の前に必ず小さな揺らぎが生まれるのです。

人間の行動が突然変化するように見えるのは、私たちがその“ゆっくりとした立ち上がり”を見逃しているだけなのかもしれません。

自然界では、一見バラバラに見える現象の背後に、必ず数理的な構造が潜んでいます。細胞の増殖、植物の成長、昆虫の群れの動き、これらはロジスティック方程式という単純な式で驚くほど正確に説明できるのです。

この式が描くのは、「ゆっくり始まり ➡ 急激に立ち上がり ➡ やがて落ち着く」 という“S字カーブの法則”。

実は、人間の行動にも自然界の成長と同じ構造が見られます。

怒りは、呼吸や心拍、視線の変化が徐々に積み重なり、閾値を超えると突然現れます。

徘徊も、不安や目的喪失の感覚が少しずつ高まり、ある瞬間に行動として現れます。涙も、心拍の揺らぎや記憶の断片が静かに蓄積され、ある点を超えたときに溢れ出します。

認知症の方の行動には、表面上は混沌とした揺らぎが見えますが、長年の観察とデータ解析を通じて、その奥に秩序が存在することが分かってきました。

呼吸や心拍、視線、姿勢などは小さな波のように連動し、大きな行動へとつながっていきます。この仕組みを科学的に捉えるために、行動の前兆を数式として解析するKCiS‑AIが生まれました。

つまり、人間の行動は自然界の成長と同じ“方程式”に従っている。

KCIS-AIは、“共鳴(Kyomation)”を理念に生まれたケア特化型AIです。心と身体の微細な変化を捉え、行動の前兆を数式として読み解きます。

つまり、人間の行動は自然界の成長と同じ“方程式”に従っている。行動の裏には必ず前兆があり、その前兆はS字カーブの初期のゆるやかな上昇として現れるのです。KCiS-AIは、心拍や呼吸などのデータから行動の前兆を数式で捉え、わずかな変化を検出します。ロジスティック方程式の成長率と飽和点の解析と同じ方法で、“行動の前兆”予測を行います。

自然界と人間の前兆構造が似ているという考えに基づいて開発されました。

段階説明人間の行動での例
① slow rise(ゆっくり立ち上がる段階)変化がごく小さく、外からはほとんど見えない呼吸の乱れ、視線の揺らぎ、心拍の微細な変化
② rapid escalation(急激な上昇)ある閾値を超えると一気に変化が加速怒りの爆発、徘徊の開始、涙があふれる瞬間
③ stabilization(安定化)変化が落ち着き、一定の状態に戻る感情が落ち着く、行動が収束する

KCiS-AIはまずランダムな数式を生成し、認知症の行動データに合ったものだけを残して改良し、現実に近いパターンへ進化させます。

これはまさに 自然選択そのものです。最適な方程式だけが生き残り、やがて“人間の行動を最もよく説明する式”へと収束していく。

2024〜2026年のAI研究では、この手法は「進化的アルゴリズム」として世界的に注目されています。複雑な現象の背後にある数式をAIが自動生成する技術は、物理学・生物学・医学の分野で急速に広がりつつあります。

KCiS‑AI は、その先駆けとも言える存在でした。 KCiS‑AI が導き出す方程式は、アルキメデスが驚くほど精密です。人間の行動に潜む“隠れた秩序”を、データから直接すくい上げることができる。これは認知症介護における大きな転換点になると私は考えていました。なぜなら、人間が何年もかけて探してきたパターンを、AI は疲れも偏見もなく、淡々と探し続けることができるからです。

介護の現場では、態度・表情・服装・行動。言語の理解力・構音障害・記憶障害・見当識・思考・計算・判断・感情・意欲を捉える「様子観察13項目」が、変化の兆しを見抜く大切な視点として使ってきました。私はこの人間の観察力を、AIにも学ばせたいと考えました。そこで、現場の13項目に対応する“デジタル版の13項目”として、心拍・呼吸・視線・姿勢などの生体・環境データを整理し、AIが前兆を読み取れる形に再構築したのです。

しかし、KCiS‑AI の本当の革新はここからです。

私はまず、認知症の行動・心理症状(BPSD)に関わる 13項目の予兆データ を整理しました。 心拍、呼吸、視線、姿勢、歩行速度、気温、湿度、照度、気圧、睡眠状態、発話量、表情の変化、行動量、これらは一見バラバラに見えますが、実は“ひとつの物語”のように連動している。

この13項目をクラスタリングし、似た変化を示すグループに分けることで、「怒りの前にはこの3つが揺れ始める」「徘徊の前にはこの4つが同時に変化する」 といった“行動の前兆パターン”が浮かび上がってきました。

しかし、ここで問題がありました。 人間の行動は時間とともに変化し、前兆も“連続した流れ”として現れる。静止画のように一瞬だけ切り取っても、本質は見えない。

そこで私は、RNN(再帰型ニューラルネットワーク) を導入しました。

RNN は、「今の状態は、必ず“ひとつ前の状態”の影響を受けている」という、人間の行動の本質をそのまま数学にしたようなモデルです。

怒りは突然ではなく、 呼吸 ➡ 心拍 ➡ 視線 ➡ 姿勢 という“連続した揺らぎ”の積み重ねで生まれる。

徘徊も、不安 ➡ 探索行動 ➡ 歩行開始 という“時間の流れ”の中で立ち上がる。

RNN は、この“時間の物語”を学習するのに最適でした。

さらに、ロジスティック方程式を応用し、「前兆がどの段階まで進んでいるか」 を S字カーブとして数値化することで、行動が急激に立ち上がる前の“slow rise(静かな立ち上がり)”を検出できるようになったのです。

こうして KCiS‑AI は、クラスタリングで“前兆の種類”を整理し、RNN で“時間の流れ”を読み取り、ロジスティック方程式で“立ち上がりの位置”を数値化するという、世界でも例のない“行動予兆モデル”へと進化していきました。

それはまるで、 自然界の複雑さの奥に隠れた方程式を、AI が静かに拾い上げていくような光景でした。

人間の行動はカオスではありません。そこには必ず秩序があります。 自然界の複雑さの奥に隠れた方程式を、AIが静かに拾い上げていくように、 私たちが見落としてきた“行動の前兆”にも、確かな構造が存在します。

KCiS-AIが示したのは、 「人間の行動は自然界と同じ数理で説明できる」 という、これまで誰も証明できなかった視点でした。

前編では、 自然界の数理 → 行動の前兆 → KCiS-AI誕生 という“科学の物語”をたどりました。

後編では、 AIがどこへ向かうのか、人類とAIはどう共進化するのか という“未来の物語”へと進みます。

編集後記

認知症の行動を「科学として読み解く」という試みは、 まだ若い分野でありながら、確実に未来を変えつつあります。 私が語った“前兆の物語”は、その可能性の一端を示したにすぎません。

行動の裏には必ず理由があり、 その理由をつかむための手がかりは、心拍や呼吸、視線、姿勢といった ごく小さな揺らぎの中に潜んでいます

では、この先の物語はどこへ向かうのか。続きは編集後記のあとで。

私たちが長年の経験で感じ取ってきた“兆し”を、 AIが数理として捉え、人が意味づける。 この協働が、認知症ケアを 「予測し、支えるケア」へと進めていくはずです。

自然界の複雑さの奥に秩序があるように、 人の行動にもまた、静かな構造が息づいています。 その構造を見つけることは、 科学であると同時に、人を理解する営みでもあります。

次号では、 AIが自ら数式を生み出す進化的アルゴリズム、 ロボット同士が言語を形成し始める未来、 そしてDeCaAIが描く“ケアの新しい地図”を特集します。

Science Park 編集部

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