塩井純一
2月はまだ寒さが残りますが、春の気配も感じられます。今月の「心に残る一冊」は特別編として二冊紹介します。一冊は人種という概念に迫る本、もう一冊は生命の歴史を20億年単位で考える科学書です。どちらも私たちの価値観に影響を与え、新たな視点をもたらします。介護や医療に携わる方々にとって、「人」や「生命」について考える機会になれば幸いです。
【一冊】
『「黒人」は存在しない。アイデンティティの釘付けについて』
タニア・ド・モンテーニュ著、堀茂樹訳、中央公論社、2024年12月刊

本書はフランス人作家タニア・ド・モンテーニュの二作品を収録しています。どちらもチャレンジングな内容、加えて「訳者あとがき」も読ませます。
ひとつ目は2015年に上梓されたノンフィクション小説「黒人女性―クローデット・コルヴィンの知られざる人生」。キング牧師の公民権運動の先駆けとなった「モンゴメリー・バス・ボイコット」事件は1955年12月1日アラバマ州モントゴメリー市で起きた黒人女性ローザ・パークス(当時42歳)のバス座席移動拒否と、それに続く警官による逮捕がきっかけだったのですが、実はそれよりも9カ月早く、同じモンゴメリー市の同じバスで、わずか15歳の少女が、ローザ・パークスと同じ態度を取り、警官に逮捕され、収監され、有罪判決を得ていたのです。本作はこの歴史的に忘れ去られた事件と人物を掘り起こし、彼女が何故「ローザ・パークス」になれなかったのか、人種差別の根の深さを論考・提示していきます。著者が読者に直接語りかけ、読者に当事者的想像力を促す手法が、斬新かつ効果的です。私自身マーチン・ルーサー・キングやローザ・パークスの歴史的行動の傑出性・英雄性を認めつつも、名もなき民衆が歴史を作ってきたこと、そして歴史の荒波に消し去られてゆく人々の命運・悲運に思いを寄せました。
二つ目が2018年に発表されたエッセイ『「黒人」は存在しない。アイデンティティの釘付けについて』です。形容詞表現の「黒い人」と名詞表現の「黒人」との違いを説明していく中で、「黒人」という人種は存在しないことを、著者自身の少女期からの体験を披瀝しつつ、広くかつ深く論考してゆきます。因みに著者はフランス生まれの「黒い人」です。読み易いエッセイ形式ながら、「人種」や「レイシズム」に踏み込む哲学的思考を展開しています。
私自身は分子生物学者として、遺伝子進化からみた人類史に関心をもってきました。アフリカ大陸全体での原住民の遺伝子多様性は、アフリカ外の全人類(ヨーロッパ人、アジア人、アメリカインディアン、インディオ等)の多様性よりも大きいのです。それはアフリカ外のホモ・サピエンスが5~7万年前にアラビア半島を経て、脱アフリカした少数の「黒い人」を起源としているのに対し、アフリカに留まった原住民の「黒い人」は20数万年前に東アフリカに初出現したホモ・サピエンスを起源として進化してきたからです。アフリカ全土の多人種間の遺伝的違いから見ると、例えば日本人とフランス人の遺伝的違いは小さいのです。肌の色は2万数千のヒト遺伝子のうちの一つか二つに起因しているに過ぎません。本作を読んで「黒い人」を「黒人」と一括りする社会的問題の根深さ・理不尽さを再認識させられました。
【二冊】
「SEX 20億年史」
デイヴィッド・ベイカー著、染田屋茂訳、集英社、2025年3月刊

原著は「The shortest history of sex」のタイトルで2023年に出版されています。記述は138億年前のビッグバンから始まっており、38億年前の生命の誕生、34億年前の光合成生物の出現、その結果生じた酸素が大気圏にオゾン層を形成(22億年前)し、このオゾン層の高濃度化が太陽光を過度に遮蔽したために、20億年前に「スノーボール・アース(全球凍結)」現象をもたらした経緯を、原題「shortest history」に則った簡潔さで記しています。そしてこの全地球的な過酷環境が、真核生物(遺伝物質のDNAを保護・貯蔵する核を持つ生物。他方、核を持たない細菌のような生物は原核生物と呼ばれる)を生み、更に2個体の遺伝子を取り込み統合するセックスの登場を促したとしています。そしてここからの展開は複雑・多岐にわたり、とても「shortest history」とは言い難く、日本語版はあえて「20億年史」に改題したと思われます。日本語版で331ページです。
分子生物学者である私ですが、20億年前の上記「スノーボール・アース(全球凍結)」現象を知らず(或いは忘れてしまったのか)、新知識を歓迎したのですが、その後の展開にも知的好奇心を刺激・満足させるものが多々ありました。20億年もの歴史を語るとなると、テレビ、新聞、雑誌、或いはYouTube等の情報媒体では語りきれず、「本」媒体を通して考えながら読むのが最上に思われました。著者の壮大・大胆な試みに敬意です。因みに本著者は2024年のノーベル化学賞受賞のDavid Bakerとは同姓同名の別人で、学者ではないようですが、「歴史・科学専門の著述家」として分かり易い解説をしています。
背の高い人種とか低い人種とかにかかわらず、総じて男性が女性より身体が大きく、壮健にできているのを、私自身不審に思ったことがあります。人類史何百万年にもわたる狩猟生活の中で、女性を妊娠・出産・子育てに専念させてくれる、壮健な(暴力的でもある)男性が狩り上手として選ばれ、子作りに関与・協力してきた結果かと考えていました。もともとは男女ほぼ同じ体格だったのが、進化的圧力で頑強な男が優先され、子孫を残してきたという解釈です。しかし、実際は逆のようなのです。数百万年以上遡る人類の祖先は、ゴリラとの共通祖先なのですが、ボス社会を作り、そのボス(雄)は雌の2倍位の巨体だったのです(現在のゴリラも約2倍)。ボスとして生き残る為の雄同士の闘いが、巨大雄へと進化させていたのです。しかし、その後の数百万年で人類はボス社会から一夫一婦制に移行すると共に、男女の体格差も縮まってきたというのが事実なのです。だとするとあと数百万年もすれば、男女の体格差は無くなるのかもしれません。因みに、ごく最近の研究によると野生の哺乳類の4割は雌雄同サイズだそうです。
このほか、興味ある事実、発見、逸話に溢れているのですが、それら個々への言及は諦め、全体の俯瞰です。梁塵秘抄に「遊びをせんとや生れけん」という味わいのある人生訓があるのですが、これをヒントに自作川柳を一句「生き物は 子作りせむと 生れける」、いや、もう一句「現代人 セックスせんと 生まれける」。ここでは「子作り」と「セックス」の区別が重要です。「子作り」と結びつかない「セックス」をしたがるのは人類が初めてなのです。しかし、今や若い人は「セックスも 子作りもなしで 生きるのか?」の状況。これからどうなるのでしょう。全11章のうち、最後の章は「セックスの未来」として、多岐にわたり論じており、興味深いのですが、10章までの科学的あるいは考古学的証拠に基づいた展開とは異なるかなりの飛躍に、研究者の私としてはついていけない感がありました。
セックスを卒業したと思われる皆様、今更などと思わず是非一読を。「生きる」ことの意味を考えさせてくれます。