新春特別号「心に残る今月の二冊」

塩井純一

今月の二冊:眠りの謎に迫る旅へ

寒さが深まるこの季節、ぬくもりの中で読みたいのは、心と身体を整える「眠り」の本。 先月お届けした『睡眠の起源』に続き、今月はその第2弾として、もう一冊の睡眠にまつわる書籍をお届けいたします。

一見、ただの休息に思える睡眠。しかしその奥には、進化の歴史、脳の働き、そして私たちの暮らしや健康に深く関わる不思議が詰まっています。

今回ご紹介する二冊は、それぞれ異なる視点から「眠り」という営みを見つめ直すきっかけを与えてくれるはずです。

「眠っている間に体の中で何が起こっているのか」

西多昌規著、草思社、2024年7月刊

先に取り上げた「睡眠の起源」では「睡眠」が脳・中枢神経系をもたない下等生物でも見られることから、本質的には単純な機能と私は捉えたのですが、本書では人間の「睡眠」メカニズムが脳内領域でいかに複雑・精緻に組み立てられているのか、それが更に内分泌系や免疫系・消化器系等々身体全体・全域に影響を与え、或いはコントロールしているかを詳述しています。著者は精神科医の大学教授なので、脳科学者の私にとっては知的好奇心を刺激し、学び甲斐のある内容だったのですが、一般読者は手こずるかもしれません。でも「第10章 眠っている間に皮膚では何が起こっているのか」は興味深く、容姿を気にする女性にとってはとりわけ有益な科学的情報を提供していると思います。ここから読み始めても良いかもしれません。私は長年、夜間の頻尿に悩まされてきたので「第9章 眠っている間に泌尿器系で何がおこっているのか」に特に関心を持ったのですが、やはり情報満載で「睡眠」が「排尿」をコントロールする一方、「排尿」不調が「睡眠」を妨げと、原因と結果が相互に影響しあっている複雑さを学びました。といった調子で、人生の3分の1を費やさなければならない「睡眠」の人生的・生命的意義を再認識させられます。本著者も最終章「おわりに」で、最後を「人は眠るために生きるのではない、生きるために眠る」と結んでいます。生きるためには眠らねばならないのです。

「睡眠の起源」

金谷啓之著、講談社現代新書、2024年12月刊

著者は本書刊行当時、東京大学大学院医学系研究科の博士課程在籍なのですが、高校では化学・生物部に入部し、3年間プラナリア研究に打ち込みます。九州大学では入学直後からヒドラの研究室に出入りし、そこで睡眠に興味をもち、卒業前に研究を論文にまとめ、科学誌に投稿します。その掲載は卒業後になるのですが、世界的な反響を呼びます。私自身は大学院修士課程に入ってから初めて、研究を始めており、著者の早熟ぶりに驚かされました。

ヒドラは体長0.5~1センチメートルほどの小さな生き物で、脳(中枢神経系)は無く、中枢のない神経系は散在神経系と呼ばれています。著者はこのヒドラを研究対象として、脳の無い生物でも「眠る」ことを実験・証明したのです。この発見に至る研究過程や、「睡眠」に関する様々な議論、幅広い研究報告の紹介に多いに興味をそそられました。ヒドラのような下等動物でも「睡眠」があるとなると、「睡眠」の進化の上での生物学的意味が問われますが、進化のある段階で現れてきたのか、むしろ「睡眠」がデフォルトで、「覚睡」が進化途上で現れてきたのかの議論も紹介されます。人間の赤ん坊が、生まれたてはしょっちゅう眠っており、次第に8時間睡眠に至るのをみると、後者の可能性もありそうです。議論は更に発展し、「覚睡とは何か、意識とは何か」の謎に向かいます。著者は「意識」を一時的に抑える麻酔薬に関心を持ち、現在その神経科学的な機序を解明しようとしています。今後の更なる発見・展開が期待できそうです。

人生90年とすると、その3分の1、30年は眠って過ごしていると指摘されると、改めて愕然とさせられます。現在79歳の私が今まで眠って生きた来た約26年もの歳月の重みを考えざるを得ません。この長い無意識下で私は何をなしたのだろう?

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