
新しい年の光が、静かに世界を包み込む。 その光は、遥か宇宙の彼方から届いた粒子の名残かもしれない。 あるいは、私たちの内なる宇宙——脳の深奥で生まれた、記憶の残響かもしれない。
宇宙と脳。 どちらも、私たちがまだほんのわずかしか理解していない、果てしない謎に満ちている。 星々の運行を支える重力のように、脳の静けさにもまた、目には見えない力が働いている。
“何もしていない”とされる時間に、脳は最も多くのエネルギーを使っている。 その事実を知ったとき、私は思った。 静けさとは、沈黙ではない。 それは、宇宙が語りかけてくる声であり、脳が未来を準備するための、深い呼吸なのだと。
2026年のはじまりに、私たちは「静けさの中の脳」というテーマを掲げる。 それは、科学の物語であり、ある出会いから始まる、ケアの物語でもある。
第1章 ある事例から見えた“ぼんやり”の力
海辺の遊歩道を歩く千鶴子さんは、風の匂いを嗅ぎながら、ふと足を止めた。 「このあたり、昔はもっと松林があったのよ」 そう言って、彼女は遠くの水平線を見つめた。 その目は、今この瞬間にありながら、どこか遠い記憶の中を旅しているようだった。
彼女はアルツハイマー型認知症と診断されていた。 日常の中で、言葉が出てこなかったり、時間の感覚が曖昧になったりすることもある。 けれど、この“何もしない”海辺の散歩の時間だけは、彼女の表情がふっとやわらぎ、言葉が自然とこぼれ出すのだった。
この変化を、私は最初“偶然”だと思っていた。 だが、脳科学はそれを“偶然”とは呼ばない。 むしろ、「ぼんやりしている時こそ、脳は最も活発に働いている」と語る。

図1は、脳の神経線維トラクト(DTIによる白質の可視化)を拡散テンソル画像(DTI)を用いて可視化された脳内の白質神経線維。
赤は左右方向、緑は前後方向、青は上下方向の神経線維の走行を示す。
この図は、脳内の情報伝達ネットワークの複雑な構造と、 デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)を支える構造的基盤を視覚的に表現している。 千鶴子さんの“ぼんやり”とした時間に活動するDMNの静かな働きを象徴する図として、 脳の奥深い連結性とその美しさを伝えている。
ワシントン大学医学部のマーカス・レイクル博士は、PETやfMRIを用いた研究で、“何もしていない”脳が、意識的活動時の約20倍のエネルギーを消費していることを明らかにした(Raichle, 2010)。 このとき活動しているのが、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN: Default Mode Network)と呼ばれる脳内ネットワークである。
DMNは、前頭前野、海馬、帯状回など、自己認識や記憶、意欲に関わる領域をつなぎ、脳を“アイドリング状態”に保つ。 まるで、信号待ちの車がいつでも再発進できるようにエンジンを静かに回しているように、脳もまた、未来の出来事に備えて準備をしているのだ(Raichle, 2010)。
このネットワークの異常は、アルツハイマー病の初期に見られる脳の萎縮部位と重なる。 だが同時に、DMNの活動を促すことで、認知症の方の情緒や記憶に穏やかな変化が生まれる可能性も示唆されている。
千鶴子さんの“ぼんやり”の時間は、まさにその可能性を体現していた。 海の音、空の広がり、風の感触——それらが彼女の脳の深部を静かに揺らし、記憶の扉をそっと開いていたのだ。
脳は、宇宙の一部である。 1000億の神経細胞が織りなすネットワークは、銀河の星々にも匹敵する。 そして、その静かな活動の中にこそ、人間の“意味”や“自己”が宿っているのかもしれない。
千鶴子さんとの出会いは、私にそう語りかけてきた。 “ぼんやり”とは、ただの休息ではない。 それは、脳という宇宙が、静かに語りはじめる時間なのだ。
第2章 脳という宇宙の“静かな重力場”
——デフォルト・モード・ネットワークの詩的序章
宇宙において、重力は目に見えないが、確かに存在する力だ。 星々を引き寄せ、銀河を形づくり、時に空間そのものを歪ませる。 ブラックホールのように、見えない存在が周囲の時空をねじ曲げるように、 私たちの脳にもまた、目に見えない“重力場”のようなネットワークが存在する。
それが、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)である。
DMNは、私たちが“何もしていない”と感じているとき、 つまり、外界への注意が外れ、内面に意識が向いているときに活性化する脳内ネットワークだ。 前頭前野、後帯状皮質、内側側頭葉、楔前部など、複数の領域が協調して活動している(Raichle, 2010)。
このネットワークは、自己認識、時間の連続性、他者の心の理解、記憶の統合といった、 “人間らしさ”の根幹に関わる働きを担っている。 つまり、DMNは、「私が私である」ことを保つための、脳の静かな基盤なのだ。
物理学の視点から見れば、DMNはまるで脳内の時空構造を支える重力場のようなものだ。 それが歪めば、脳の“自己”という座標系もまた揺らぎ、 時間の感覚や場所の認識、他者との関係性が曖昧になっていく。
実際、アルツハイマー病では、DMNを構成する領域に萎縮が見られ、 そのネットワークの同期性が失われていくことが報告されている(Buckner et al., 2008)。 これは、宇宙における重力波が空間を揺らすように、 脳のネットワークのわずかな乱れが、意識の地形そのものを変形させることを意味している。
しかし、ここに希望がある。 レイクル博士の研究は、“ぼんやり”とした時間こそが、DMNの活動を促進し、 脳の自己修復や再統合のプロセスを支えている可能性を示唆している(Raichle, 2010)。
千鶴子さんが海辺で見せた、あの穏やかな表情。 それは、脳という宇宙が、静かに自己の重力を取り戻し、 再び“私”という時空を編み直していた瞬間だったのかもしれない。
第3章 DMNの構造と機能を読み解く
——“私”をつなぎとめる、静かな星図
「何もしていない脳こそ、最も多くのエネルギーを使っている」 この驚くべき発見を最初に示したのが、ワシントン大学医学部のマーカス・E・レイクル博士である。 彼はPETやfMRIを用いた神経画像研究により、人が外界への注意を向けていないとき、むしろ脳の特定の領域が活発に活動していることを明らかにした(Raichle et al., 2001)。
このとき活動しているのが、デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network: DMN)と呼ばれる脳内ネットワークだ。 DMNは、以下のような複数の領域から構成されている:

図2 デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の構成領域(脳の内側面) 矢状断図におけるDMNの主要構成領域を色分けして示す。
■ 内側前頭前野:自己に関する思考・内省
■ 後帯状皮質・楔前部:記憶の統合・意識の中心 ■ 内側側頭葉(海馬含む):エピソード記憶・時間的連続性
■ 下頭頂小葉:他者の視点理解・見当識(
外側面に近いため補助表示)
これらの領域が協調して活動することで、DMNは“私”という感覚や時間の流れ、他者との関係性を支えている。これらの領域は、自己認識、時間の流れの把握、他者との関係性の理解といった、 “人間らしさ”の根幹に関わる働きを担っている(Buckner et al., 2008)。
DMNは、まるで脳内に広がる星座のような構造を持ち、 それぞれの領域がシンクロナイズされたリズムで活動している。 このリズムが乱れると、自己の輪郭が曖昧になり、記憶の時間軸が崩れ、 今ここにいるという感覚(見当識)も揺らいでしまう。
アルツハイマー病では、まさにこのDMNの構成領域に萎縮が見られ、 ネットワークの同期性が低下することが報告されている(Greicius et al., 2004)。

図3:主要な白質トラクトの構造的可視化(DTI)
上:脳梁(左右の脳半球をつなぐ)
中:上縦束(前後方向の連携を担う)
下:内包・皮質脊髄路(上下方向の運動信号伝達)
これらの神経線維は、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の構造的基盤を支える重要な経路であり、脳の“静かな活動”を可能にしている。
しかし、レイクル博士はこう語る—— 「ぼんやりとした時間こそが、脳の創造性と自己統合を支えている」と(Raichle, 2010)。
千鶴子さんが松林を抜けて浜浦海岸に出たとき、 彼女の脳では、言葉にならない記憶の断片が 静かに浮かび上がっていたのかもしれない。
佐渡ヶ島に波食された黒く厚い波は、 時の記憶を抱えたまま、 新潟の砂浜を舐めるように寄せては、 強く引くリズムを刻んでいた。そのリズムに合わせて、後帯状皮質がゆっくりと明滅し、 遠い昔の風景が、海馬の奥からそっと呼び起こされる。 内側前頭前野では、 「私はここにいる」「あのとき、あの人といた」という感覚が、 静かに、しかし確かに再構成されていた。
誰かと話しているわけでも、何かをしているわけでもない。 けれどその“ぼんやり”の中で、脳は自己をつなぎ直し、時間を編み直し、 世界との関係を再び結び直していた。
それはまるで、宇宙の暗黒物質が銀河を形づくるように、 DMNという見えない力が、千鶴子さんの“今”を支えていた瞬間だった。
第4章:DMNと認知症
—随伴されるBPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia―
“静けさ”が乱れるとき、脳は何を語るのか
千鶴子さんの脳の奥には、静かな宇宙が広がっていた。 それは、星のように輝く神経細胞が織りなす、1000億の光の網。 その網は、記憶と感情、時間と自己をつなぎ、 「私が私である」という感覚を、そっと支えていた。
けれど、その宇宙には、いま、かすかなゆらぎが生まれていた。 まるで、銀河の中心にぽっかりと開いたブラックホールが、 時空を静かに歪めていくように——。
その“光の網”の正体は、脳内を走る無数の神経線維—— 白質トラクトと呼ばれる情報の高速道路だ。 それらは、脳の各領域を結びつけ、まるで銀河をつなぐ重力の糸のように、 意識の統合と自己の持続を支えている。 その構造を可視化したのが、次の図である。

図4 脳内神経線維の可視化(拡散テンソル画像)
拡散テンソル画像(DTI)によって描き出された、脳内の白質神経線維の全体像。 各色は神経線維の走行方向を示し、赤(左右)、緑(前後)、青(上下)に分類される。 この図は、脳内の情報伝達ネットワークの複雑な構造と、 デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)を支える構造的基盤を視覚的に表現している。 千鶴子さんの“静かな宇宙”を支える、見えない糸の束がここにある。
さらに、近年の研究では、こうした構造的なつながりに加えて、 脳内の各領域がどのように“同期”して活動しているかを捉える試みも進んでいる。

次の図は、脳の白質構造に重ねて、機能的ネットワークの接続を可視化したものである。
図5 脳内ネットワークの構造的接続性(DTI+ノード構造)
拡散テンソル画像を背景に、脳内の構造的ネットワークをノードとエッジで重ねた図。
各ノードは脳領域を、エッジはそれらを結ぶ神経線維の接続を示す。 この図は、DMNを含む脳内ネットワークが、構造的にも機能的にも緻密に連携していることを示しており、 認知症における“ゆらぎ”が、どのようにネットワーク全体に波及するかを視覚的に理解する手がかりとなる。
千鶴子さんが海辺で“ぼんやり”と立ち止まるとき、 彼女の脳では、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)が静かに活動を始める。

前頭前野、後帯状皮質、海馬、楔前部—— 自己を認識し、時間をつなぎ、他者との関係を思い出すためのネットワーク。 それは、脳の“静かな重力場”のようなものだった。
スティーヴン・ホーキング博士は、かつてこう語った。 「宇宙には、情報が消えることはない。ただ、見えなくなるだけだ」。 ブラックホールに吸い込まれた情報も、どこかに保存されているはずだと。
ならば、千鶴子さんの記憶も、消えたのではなく、 いまはただ、アクセスの仕方を忘れているだけなのかもしれない。 DMNの軌道がわずかに乱れ、神経線維の接続が弱まり、 “私”という星座が、少しずつ見えにくくなっているだけなのかもしれない。
実際、DMNを構成する領域では、FA(Fractional Anisotropy)値の低下が観察されている。 この値は、白質神経線維の整然さや方向性を示す指標であり、 その低下は、脳内ネットワークの構造的断裂を意味する(Zhou et al., 2008)。
DMNのゆらぎは、やがてBPSD(行動・心理症状)として表出する。 不安、幻覚、徘徊、怒り、抑うつ—— それらは、脳という宇宙が自らの重力を失い、 “私”という座標を見失っていく過程で生じる、存在のゆらぎのサインなのだ。
けれど、希望はある。 近年の研究では、DMNは単なる“静的なネットワーク”ではなく、 セントラル・エグゼクティブ・ネットワークやサリエンス・ネットワークとの動的な切り替えによって、 柔軟な認知機能を支えていることが明らかになってきた(Menon, 2011)。
美佐子は、海辺の寄せる波を眺めながら、 遠い昔の記憶の断片をたどっていた。 砂浜に残る足跡のように、記憶の軌跡が心に浮かんでは消えていく。 そのとき、彼女の脳内では、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)が静かに活動を始めていた。
自己を認識し、過去と現在をつなぎ、 「私は誰か」「ここはどこか」といった問いに、そっと答えを与えるネットワーク。 それは、脳の深部に広がる“静かな宇宙”のような存在だった。
しかし、波の音に混じって、どこかで鳥の声が聞こえた瞬間、 彼女の脳は、内なる世界から外界へと意識は無意識に切り替わる。 このとき働くのが、サリエンス・ネットワーク(SN)である。 SNは、前部帯状皮質や前部島皮質を中心に構成され、 内外の刺激の中から“意味のある変化”を見つけ出す。必要に応じてDMNからセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)へと 意識の焦点を切り替える“スイッチャー”を意識していれる。
CENは、背外側前頭前野や頭頂葉を中心に構成され、 注意を集中させ、課題を遂行し、意思決定を導く“司令塔”のようなネットワークだ。 美佐子が波の音に耳を澄ませ、「あれはカモメかしら」と思考を巡らせたその瞬間、 CENが静かに起動し、彼女の意識は“今ここ”へと引き戻される。
このように、DMN・SN・CENの三つのネットワークは、 まるで潮の満ち引きのように、互いにバトンを渡しながら、 私たちの心の流れを調律している。
だが、認知症が進行すると、内省や記憶に関わるデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)、外界への注意を司るセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)、そして両者の切り替えを担うサリエンス・ネットワーク(SN)の連携が乱れやすくなる。 本来これらのネットワークは、「今、何に注意を向けるべきか」「自分は何をしているのか」といった判断を支え、内省と行動、記憶と現実のあいだを柔軟に行き来するために協調して働いている。 しかし、切り替えのリズムが崩れると、DMNにとどまりすぎて現実との接点を失ったり、SNが過剰に反応して幻覚や妄想を引き起こしたりする。 こうしたネットワーク間の切り替え障害は、幻覚・妄想・興奮などのBPSD(行動・心理症状)と関連している可能性があり、それらは“心のざわめき”として表出する(Badhwar et al., 2017)。

図6:脳ネットワークとAIによるBPSD解析の視覚的統合
本図は、脳の構造画像(MRI・DTI)と、BPSD・AI・神経ネットワークの関係性を視覚的に統合したものである。 上段には、BPSDや生体情報、AI解析のアイコンが並び、 中央には脳の構造画像と神経線維の可視化(DTI)が配置されている。 これにより、脳の構造・機能・症状・AI解析が一体となって働く様子を直感的に理解できる。 DeCaAIは、こうした多次元データを統合し、BPSDの兆候を早期に捉える“脳の天気予報士”として機能する。
このように、DMN・CEN・SNという三つのネットワークは、 それぞれ異なる役割を担いながら、脳の“今ここ”を調整する司令塔として連携している。 そして、こうした複雑なネットワークのゆらぎを捉えるために、 DeCaAIのようなAI技術が新たな“観測装置”として活躍し始めている。
CENは、注意の制御や課題遂行、意思決定などの高次認知機能を担うネットワークで、 主に背外側前頭前野(DLPFC)や頭頂葉を中心に構成されている。
一方、サリエンス・ネットワーク(SN)は、内外の刺激の中から“意味のある変化”を検出し、必要に応じてデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)とセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)の切り替えを仲介する“スイッチャー”の役割を果たしている。その中核には、前部帯状皮質(ACC)や前部島皮質(AI)が含まれる。
こうした複雑な脳内ネットワークの変化を捉えるには、従来の静的な画像解析だけでは限界がある。そこで近年注目されているのが、AIを用いた動的ネットワーク解析である。
認知症の進行に伴い、脳のどの領域が、どのように変化していくのか。それを正確に捉えるためには、構造画像(MRI)と機能画像(fMRI・DTI)を統合的に解析する視点が欠かせない。
以下の図は、MRI画像をもとに大脳皮質の損傷部位を特定し、それをブロードマンの脳地図に照らし合わせて機能的領域へとマッピングするプロセスを示している。

図7:MRIによる損傷部位の特定とブロードマン領域へのマッピング
MRI画像上で確認された損傷部位を、島皮質・帯状皮質などの領域に分類し、 認知機能との関連を明らかにするための構造的マッピングを行っている。
皮質の外観解剖をブロードマンの脳地図に照合し、 損傷部位がどの認知機能に関与する領域に該当するかを可視化。 DeCaAIによるネットワーク解析の基盤情報として活用される。
左側:MRI画像上で確認された損傷部位(赤枠)を、島皮質・帯状皮質などの領域に分類。 右側:皮質の外観解剖をブロードマンの脳地図に照合し、損傷部位がどの機能領域に該当するかを可視化。 このようなマッピングにより、損傷の位置と認知機能の関係性を定量的に把握することが可能となる。
このような可視化は、単なる“脳の損傷の有無”を超えて、 「どのネットワークが、どのタイミングで、どのようにゆらいでいるのか」を読み解くための基盤となる。

図8:ブロードマン地図へのマッピングプロセス
本図は、脳の構造画像(MRI)をもとに、損傷部位をブロードマンの脳地図に照合し、機能的領域へとマッピングするプロセスを示している。 左側には、大脳皮質の外側面・内側面の解剖図が示され、右側には、外側面に対応する複数のスライス画像が並ぶ。これにより、損傷部位がどの皮質領域に位置し、どの認知機能と関連するかを視覚的に把握することができる。 このような構造的マッピングは、BPSDの神経基盤を明らかにし、AIによるネットワーク解析の基盤情報として活用される。
下図は、MRI画像で特定された損傷部位を、ブロードマンの脳地図に照合して機能的領域へとマッピングするプロセスを示している。 左側は、構造画像上で確認された損傷部位(赤枠)を島皮質・帯状皮質などの領域に分類したものであり、右側は、皮質の外観解剖をブロードマン領域に対応させ、損傷がどの認知機能に関与するかを可視化している。 このような視覚的再構成は、単なる“脳の損傷の有無”を超えて、「どのネットワークが、どのタイミングで、どのようにゆらいでいるのか」を読み解くための基盤となる。

図9 皮質領域の視覚的再構成プロセス:外側面・内側面の変換手順
私たちが開発を進めているDeCaAI(Dementia Care AI)では、 fMRIやDTIなどのマルチモーダル脳画像データを統合し、 DMNの構造的・機能的変化を時系列で可視化・予測するアルゴリズムの開発が進んでいる。
DeCaAIは、単に脳の“損傷”を検出するだけでなく、 BPSDの兆候をネットワークのゆらぎとして早期に捉え、 個別化されたケア介入のタイミングを提案することを目指している。
それは、脳という宇宙の天気予報士のような存在だ。 嵐が来る前に、そっと傘を差し出すように、 ケアのタイミングと方法を、やさしく教えてくれる。
千鶴子さんの“ぼんやり”の時間は、 もしかしたら、DMNが最後の力を振り絞って、 自己の重力を取り戻そうとしていた瞬間だったのかもしれない。 波の音、風の匂い、松林の影—— それらが、彼女の脳の星々をそっと揺らし、 記憶の軌道を一瞬だけ、元の場所へと戻していた。
BPSDとは、脳が発する“存在のSOS”である
BPSDは、単なる“問題行動”ではない。 それは、脳という宇宙が、自らの重力を失いかけたときに発する、静かなSOSなのだ。 その声に耳を澄ませるには、**構造と機能の両面から脳
参考文献(APAスタイル)
第5章 脳という宇宙の静かな舞台
――「3日活動+1日ぼんやり」がもたらしたものーー

千鶴子さんの“ぼんやり”とした時間に、私たちは何度も立ち会ってきました。 海辺のベンチに座り、風の匂いに目を細めるとき。 誰かの名前を思い出せずに、でもその人のぬくもりだけは確かに感じているとき。 その静けさの中で、彼女の脳は、何かを探し、何かを編み直しているようでした。
そんな彼女の心の奥に、そっと耳を澄ませてみました。 ことばにならない記憶のざわめき。 目には見えないけれど、確かにそこにある“脳の呼吸”。
この章では、千鶴子さんの時間、空間、状況、目的、関係といったつながりが、 ときに頭からすっと消えてしまったり、 寸断されたり、うまく結びつかなくなったりする—— そんな体験に、そっと寄り添ってみたいと思います。
もしもそれが自分の身に起きたとしたら。 おそらく私は、自分の存在が根底から揺らぐような、 激しい不安に襲われることでしょう。
私は、決して認知症の方の立場に立つことはできないかもしれません。 けれど、これまで長い時間、認知症の方々とともに過ごしてきた経験から、 想像力を働かせて、千鶴子さんの心の奥に近づいてみました。
そこで起きている心の変化を、三幕の小さな舞台として描いてみたいと思います。
これは、ひとりの女性の物語であると同時に、 私たちすべての“脳の静けさ”に耳を澄ますための、 小さな上演でもあります。
さあ、幕が上がります。
5-1 幕開けーー脳の呼吸――
千鶴子さんは、いま、海を見ている。 波の音が、遠くから寄せては返す。 そのリズムに合わせて、彼女の胸が、ゆっくりと上下する。
「ここに来るの、久しぶりね」 そうつぶやいたあと、彼女はしばらく黙っていた。 何を思い出そうとしていたのか。 それとも、何かを思い出しかけて、手放したのか。
アルツハイマー病では、出来事の順序が曖昧になり、 “これ”と“あれ”の間にあったはずの時間が、 まるで霧の中に沈んでしまうことがある。 朝食を食べたことも、昨日誰と話したかも、 気づけば、記憶の岸辺から流れ去っている。
けれど、水平線に沈む夕日を見つめるとき、 千鶴子さんは、夜の訪れを感じ取る。 木漏れ日の中を歩くとき、 影の角度が、時間の流れをそっと教えてくれる。
“ぼんやり”と過ごす時間は、 彼女にとって、時間の糸をつなぎ直すための静かな手仕事なのかもしれない。 記憶の断片が、ばらばらのまま漂っているその空間に、 自然のリズムが、やさしく拍を刻んでくれる。
千鶴子さんがふと目を閉じると、 まぶたの裏に浮かぶのは、遠い昔の光景だった。 小さな手を引いて歩いた、あの春の日。 子どもの笑い声。 風に舞う桜の花びら。 手のひらに残る、あたたかなぬくもり。

記憶は、ただ“思い出す”ものではない。 感じるものだ。 音、匂い、光、手触り—— それらが、脳の奥深くにしまわれた記憶の扉を、そっと開いてくれる。
図10 感覚から始まる記憶の地図——乳児と成人における脳活動の比較
この図は、大人と乳児の脳活動の違いを示している。 上段には、成人と乳児の脳の活動領域が、赤や黄色で描かれている。 下段には、「Adult > Infant」「Infant > Adult」と記された比較図。 大人の脳は、言語や論理、自己制御に関わる領域が活性化し、 一方で乳児の脳は、感覚や情動に関わる領域がより強く反応している。
つまり、私たちの記憶のはじまりは、言葉ではなく、感覚だった。 母の声の響き。 肌に触れる毛布のやわらかさ。 光と影のゆらぎ。 それらが、脳の奥深くに沈み、 やがて“私”という存在の土台になっていく。
千鶴子さんの“ぼんやり”の時間に浮かび上がる記憶は、 もしかしたら、言葉になる前の記憶かもしれない。 それは、感覚の記憶であり、 身体に刻まれた記憶であり、 自己という存在の根っこにある記憶。

アルツハイマー病が進むと、 新しい出来事はすぐに消えてしまう。 けれど、手続き記憶や感覚記憶は、比較的長く残る。 だからこそ、風の匂いや、陽のぬくもりや、 誰かと手をつないだ記憶が、 今も彼女の中で、確かに息づいている。
「…あの子、よく笑ってたの。 転んでも、すぐに立ち上がって… 私の手を、ぎゅっと握ってね。」
その言葉は、過去と現在をつなぐ橋。 “ぼんやり”の時間が、 千鶴子さんの脳に、時間の感覚と自己の輪郭を取り戻させている。
記憶とは、ただの記録ではない。 それは、生きてきた証であり、 これからも生きていくための、静かな羅針盤なのだ。

本図は、脳内の主要な神経線維トラクトを示している。 青(Tract 1)は、体性感覚に関わる後部中心回(PCG)と中心溝(CS)を結び、
赤(Tract 2)は、意味処理に関わる角回(AG)と中側頭回(MTG)をつなぐ。
黄(Tract 3)は、感覚と意味の統合に関わる領域を橋渡ししている。
これらのネットワークは、感覚記憶と意味記憶の統合に関与しており、 アルツハイマー病における“ぼんやり”の時間に、 残存する感覚記憶が自己の再構築に寄与する可能性を示唆している。
「…あの人と、ここを歩いたの。 たしか、春だったかしら。 桜が、風に舞って…」
その言葉は、時間の断片がふたたびつながった証。 “今”と“かつて”が、ほんの一瞬、重なり合う。 それは、脳が深く呼吸し、 記憶の星座をもう一度描こうとする瞬間。
“ぼんやり”とは、ただの空白ではない。 それは、記憶の海を漂いながら、 自己という舟を見失わないようにするための、静かな灯りなのだ。
5-2 脳のリズムの再調律

千鶴子さんは、いま、名前を忘れている。 自分の年齢も、今日が何曜日かも、わからない。 けれど、風の匂いを感じている。 スカーフの手触りを確かめている。 そして、誰かのぬくもりを、まだ覚えている。
“ぼんやり”している時間は、何も失われていない時間だ。 むしろ、自己の心のペースに合わせて、 世界とつながり直すための、静かな調律の時間なのかもしれない。
アルツハイマー病では、出来事の順序が曖昧になり、 時間の流れが、まるで切れ切れのフィルムのように感じられることがある。 「さっきのこと」と「ずっと前のこと」の境界が溶け、 “今ここ”が、どこか遠くの記憶と重なってしまう。
でも、海を眺めているとき、 沈みゆく夕日が、夜の訪れを告げる。 木漏れ日の中を歩くとき、 影の動きが、時間の経過をそっと教えてくれる。
意味のない時間に見える“ぼんやり”の中で、 千鶴子さんは、意味を取り戻している。 それは、脳が外界の刺激を選び、 「これは大事」と感じるものに、そっと光を当てる作業だ。
若者たちが舟の上で笑い合い、 歌い、恋に落ち、 その一瞬一瞬に意味を見出すように、 千鶴子さんもまた、 風の中に、光の中に、 自分だけの“意味”を見つけている。
意味とは、どこからやってくるのだろう? それは、脳が生み出す幻影なのか。 それとも、私たちが生きるために必要な、 心の羅針盤なのか。
脳は、1000億の神経細胞が織りなす、 自己組織化する宇宙。 その中で、意味は生まれ、消え、また生まれる。 まるで、ライフゲームのように。 単純なルールから、複雑なパターンが立ち上がるように。。。
千鶴子さんの脳も、いま、再び動き出している。 “3日活動+1日ぼんやり”というリズムの中で、 彼女の脳は、意味の回路を再びつなぎ直そうとしている。
本図は、脳内の主要な構造的ネットワークを示しており、特にデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)に関与する領域が明瞭に描かれている。
後部帯状皮質(pCC)、楔前部(Precuneus)、内側前頭前野、海馬傍回(PH)などは、 自己認識、時間の連続性、記憶の統合に関わる中核的な領域である。 “ぼんやり”とした時間にこれらの領域が再び協調的に活動することで、 脳のリズムが静かに再調律され、自己の再構築が促される可能性が示唆されている (Buckner et al., 2008; Raichle, 2010)。
「今日は…何曜日だったかしら。 でも、昨日は…散歩したわね。風が気持ちよかった。」
その言葉は、時間の糸がふたたび編まれはじめた証。 自己という楽器が、少しずつ調律され、 また“私”という旋律を奏でようとしている。
“ぼんやり”とは、ただの休息ではない。 それは、意味を取り戻すための、脳の静かな演奏。 そして、自己という存在が、 もう一度この世界と響き合うための、 小さなリハーサルなのだ。
5-3 時間の編み直し

千鶴子さんは、いま、“昨日”と“今日”の境界を、少しずつ取り戻している。
「昨日は…散歩したわね」 その一言に、時間の糸がふたたび編まれはじめた気配がある。
アルツハイマー病は、記憶を少しずつ手放していく病だ。 けれど、すべてが失われるわけではない。 感覚の記憶、手続きの記憶、 そして、誰かと過ごした時間のぬくもりは、 深く、静かに、脳の奥に残っている。
“3日活動+1日ぼんやり”というリズムは、 その残された力を、やさしく引き出す。 活動の日々が、外の世界とつながる力を育み、 “ぼんやり”の日が、内なる宇宙を整える。
このリズムの中で、千鶴子さんは、 もう一度“私”という存在を編み直している。 それは、自己の再構築であり、 未来への準備でもある。
たとえ記憶が薄れても、 たとえ時間の感覚が揺らいでも、 人は、誰かとつながりながら生きることができる。
そして、私たちの社会もまた、 その“ぼんやり”の時間を大切にできる構造へと、 静かに、でも確かに、変わりはじめている。
たとえば、 毎日の暮らしの中に、“ぼんやり”できる余白があること。 公園のベンチに座って、風を感じる時間があること。 誰かがそっと隣にいて、 言葉にならない記憶に、耳を傾けてくれること。
それは、特別な支援ではない。 人が人として、最期までその人らしく生きられるための、 あたりまえの風景なのだ。
科学は、まだすべてを解き明かしてはいない。 けれど、わかってきたことがある。 脳は、静けさの中で未来を準備する。 “ぼんやり”は、失われたものを取り戻すための、 静かな営みである。
だからこそ、私たちは信じてみたい。 たとえ記憶がほどけても、 たとえ言葉が遠のいても、 その人の“存在”は、決して消えない。
そして、そんな人びとが、 安心して暮らし続けられる社会を、 私たちは、これからも編み続けていく。
静けさの中の脳。 それは、科学の物語であり、 ケアの物語であり、 そして、希望の物語でもある。
編集後記

脳は、ほんとうに不思議な存在です。 1000億の神経細胞が、絶え間なくつながり、離れ、またつながる。 その営みの中で、私たちは“私”を感じ、 過去を思い出し、未来を想像し、 そして、誰かと心を通わせながら生きています。
けれど、脳が少しずつ変化していくとき、 その“私”の輪郭が、ゆっくりと溶けていくことがあります。 アルツハイマー病は、その変化のひとつのかたちです。
このメルマガでは、千鶴子さんというひとりの女性の時間を通して、 “ぼんやり”という静かな営みが、どれほど豊かで、意味に満ちたものかを見つめてきました。
科学は、まだすべてを語りきれてはいません。 けれど、わかってきたことがあります。
脳は、静けさの中でこそ、深く呼吸し、自己を編み直す力を持っているということ。
これからのケアは、“できること”に目を向けるだけでなく、“その人らしくあること”を支えるものへと、もっと自由に、もっと創造的に、そしてもっと優しく、変わっていけるはずです。
たとえ記憶がほどけても、たとえ言葉が遠のいても、その人の存在は、静かな光を放ち続けている。その光に、私たちが気づき、寄り添い、ともに時間を編んでいける社会を、これからも築いていきたいと願っています。
本年度は、「静けさの中の脳」の視点を、より多くの現場へ、より多くの人へ届けていく一年にしたいと思います。
科学とケア、そして物語の力をつなぎながら、“ぼんやり”の価値を、社会の中に根づかせていく。そのための対話と実践を、みなさんとともに重ねていけたら嬉しいです。
最後まで読んでくださったみなさまへ、 心からの感謝をこめて。
参考文献
第1章
第2章
Buckner, R. L., Andrews-Hanna, J. R., & Schacter, D. L. (2008). The brain’s default network: Anatomy, function, and relevance to disease. Annals of the New York Academy of Sciences, 1124(1), 1–38. https://doi.org/10.1196/annals.1440.011
第3章
参考文献
第4章
第5章