Science Park 2025年11月号 NO.2(前編)

「人生の黄昏」とは、高齢期に見られる衰退を示す比喩的表現ですが、第40代米国大統領ロナルド・レーガンは、国民への最後のメッセージで “I now begin the journey that will lead me into the sunset of my life”(私は、今、人生の黄昏に至る旅に出かけます)と述べ、多くの人々に広く知られることとなりました。この発言が広まる以前、アルツハイマー病という疾患は一般にあまり周知されていませんでした。しかしレーガン元大統領は、退任から3年後の1992年、81歳の誕生日を迎えた際にアルツハイマー病と診断され、この発信が同疾患の認知度向上に大きく寄与したのです。

第一章 老化制御の科学と希望

今回は、加齢に伴う生理的変化およびその予防技術について概説します。自動車の部品交換のように単純な修復が不可能な人体ですが、人類は古来より老化抑制や若返りを目指し、様々な方法を模索してきました。

従来の抗老化策として食品やサプリメント(例:イチゴ、赤ワイン、オメガ3脂肪酸、ビタミンC等)が注目されてきましたが、近年の科学研究の進展によって、老化そのものが可逆的なプロセスである可能性が示唆されています。

レーガン氏の言葉には続きがあり、”always be a bright dawn ahead”(その黄昏の向こうに、明るい夜明けがある)との希望的側面も指摘されています。

最新の実験では、老化速度を調整する介入法が動物モデル(マウス)で成功しており、将来的にはヒトにも同様の効果が期待されています。 2025年の京都大学と東京大学の共同研究では、細胞老化の伝播メカニズムに焦点を当てた新たなマウスモデルが開発されました。

このモデルでは、老化細胞が分泌する炎症性サイトカイン(特にIL-1β)が周囲の正常細胞にも老化を誘導することが確認され、老化が局所から全身へ広がる仕組みが明らかになりました。

さらに、ERK経路やp38 MAPK経路などのシグナル伝達経路を人為的に活性化することで、老化細胞の可視化と追跡が可能となり、組織ごとの老化反応の違いや、同一細胞種内での多様な老化状態も観察されています。これにより、老化が一様な現象ではなく、環境や誘発因子によって高度に変化する複雑なプロセスであることが示されました。

このような知見は、老化関連疾患の予防や治療に向けた新たな戦略の基盤となると期待されており、老化そのものを制御可能な生物学的現象として捉える流れが加速しています。

第二章 老化を超える医学

老化のメカニズムが解明されつつある今、人間が若返ることは、不可能ではなくなりました。

老化進行が緩徐化すれば、個人の健康寿命延伸や社会的・医療的インパクトは極めて大きいものとなります。

さらに、現在開発中の老化抑制薬についても議論が進んでいます。米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けつつあるこれらの新規医薬品は、S. Jay Olshansky博士(イリノイ大学)によれば、従来の疾病治療薬とは異なり、複数の疾患リスク低減に寄与する画期的特徴を有しています。

また、Nir Barzilai博士(アルバート・アインシュタイン医科大学)は、このアプローチが老化を疾患の一形態と捉える点で革新的であると評価しています。

一般社会においては、老化防止に関する話題への懐疑的意見が依然として根強いため、安全性や実現可能性に関する啓発と理解促進が今後重要課題となるでしょう(Stephanie Lederman、米国老化・老年研究連盟)。Joan Mannick博士(ノバルティス・バイオメディカル研究所)は、十分な科学的根拠が蓄積された現時点こそが、新規薬剤開発に取り組むべき好機であると主張しています。

日本とアメリカではベビーブーム世代が高齢期を迎え、15年後には最後の世代も65歳になります。2050年までに高齢者は世界で3倍に増える見込みで、日本はその先頭を走っています。今後、多くの高齢者が癌や心臓病、糖尿病、アルツハイマー病などの問題に直面することが予想され、私たちも年齢を重ねるごとにその不安が増すでしょう。

臨床試験で成果が出れば、医療や保健に革命がおこることでしょう!

オルシャンスキー博士は、老化は回避できるという証拠を揃える必要があると

言います。

人類の永遠のテーマが、ついに現実になりつつあります。

第三章 寿命を操る遺伝子

カリフォルニア大学サンフランシスコ校のシンシア・ケニオン博士(Cyntha Kenyon, PH.D,)は、老化の研究をしていたのは、ごく少数な研究者だけで、当時は皆が避けていたテーマだったと言います。

老化がなぜ起きるのか、人間は解明を進めてきましたが、でも、老化のスピードの仕組みは謎のままでした。

そこで、最近、癌の早期発見をすると言われる「線虫」の遺伝子をランダムに操作して、寿命を比べました。

生まれてから死ぬまで毎日5分ずつ撮影したところ、すると通常の「線虫」が老いていく一方で、変異体の「線虫」は、元気に動き回っていました。

ある一つの遺伝子を変化させた「線虫」の寿命が、2倍になったと言います。

バック高齢者研究所のゴードン・J・リスゴー博士(Gordon J. Lithgow, PH.D. Buck Institute for Research on Aging)は、初めは誰も信じようとしなかったと言います。たった1つの遺伝子で寿命が倍増するなんて、その研究報告以来、他の生命現象と同じく老化も遺伝子によって操れるという考えが広まったと説明します。

ところが、博士によるとショウジョウバエの同じ遺伝子を操作しても、やはり長く生き延びましたと言います。

現在では、マウスの遺伝子操作によって寿命が延びることが確認され、老化は動物で修正可能と繰り返し示されているのです。

同様の効果を持つ薬も開発され、人間での臨床試験が次の課題となりました。

平均寿命は、今から100年前の1920年頃は約50歳でしたが、現在は100歳近くまで伸びています。

科学や医学の進歩によって長寿が実現しましたが、高齢期間が長くなることで体力低下に悩む人も増えました。長寿だけでなく健康も維持することが重要であり、健康的に生きる100歳以上の人々に注目すべきです。

認知症高齢者研究所では、15年以上在宅ケアを受けた高齢者の生活と健康データを収集しています。100歳まで健康に生きた事例もあり、現在94歳や97歳の方も、規則正しい生活や役割・環境管理、好物の食事などによって自立した生活を維持しています。

第四章 老化の地図を描く

老化による骨の脆弱化や転倒による骨折は、高齢者の生活の質を大きく左右する深刻な問題です。

Buck Instituteのサイモン・メロヴ博士は、スクリーニング検査によって有望な化合物を特定し、高齢マウスを対象にCTスキャンを用いた高解像度解析を行うことで、骨の退化を遅らせる薬剤候補を発見したと報告しています。

160日齢から871日齢までのマウスの骨構造を精密に追跡することで、老化に伴う骨密度の変化と薬剤の効果を可視化し、治療薬開発の新たな道筋が示されました。

このような画像解析技術は、GEグローバルリサーチセンターによってさらに進化しており、ヒト組織内の複数のタンパク質を色分けして可視化することで、薬剤がどの部位に作用しているかを詳細に把握できるようになりました。

これにより、老化関連疾患に対する薬理作用の精密なマッピングが可能となり、個別化医療への応用も期待されています。

一方、老化のもう一つの鍵となるのが「老化細胞」の存在です。

メイヨー クリニックのジェームス・L・カークランド博士は、これらの細胞を選択的に除去する「セノリティクス(Senolytics)」という新薬の可能性を示しています。

細胞の老化の流れを見てみると、正常な線維芽細胞は、組織の修復や維持に欠かせない存在で、ふだんは活発に分裂・増殖しています。

けれども、テロメアの摩耗や紫外線、酸化ストレス、がん遺伝子(RASなど)の働きなど、さまざまなストレスを受けると、分裂をやめて老化状態へと変化してしまいます。

老化した細胞は分裂を止める一方で、代謝が活発になり、「SASP(老化関連分泌表現型)」という状態になります。このとき、炎症を引き起こすサイトカイン(IL)や、組織を分解する酵素(MMP)などを分泌し、周囲の細胞や組織に影響を与えながら、炎症や再構築を引き起こすのです。

顕微鏡画像によると、正常な線維芽細胞は小さく整った形状をしていますが、RASがん遺伝子によって老化が誘導された細胞は、大型で扁平、不規則な形状を示します。

これは老化細胞の形態的特徴の一つであり、機能的変化と密接に関連しているのです。このように、細胞老化は単なる分裂停止ではなく、周囲の環境に積極的に影響を与える生物学的プロセスであり、加齢や疾患の進行に深く関与しているのですから・・・。

第五章 若返りと遺伝子が導く健やかな長寿

実際に、歩行困難な高齢マウスにセノリティクスを1回投与したところ、運動能力が正常レベルまで回復し、その効果は7か月間持続したという報告がありました。

また、2025年には、セノリティクスの一種であるケルセチンとダサチニブの併用によって、老齢マウスのウイルス感染に対する生存率が約50%向上したという研究も発表されています。これらの成果は、老化細胞の除去が免疫機能や循環器系、骨格系の改善につながることを示しており、健康寿命の延伸に向けた新たな治療戦略として注目されています。

私たちの体は無数の細胞でできており、その細胞の中には、生命の設計図ともいえるDNAが巧みに折りたたまれて存在しています。DNAはヒストンというタンパク質に巻きつき、クロマチンという形で核の中に収まり、さらに染色体として整理されることで、膨大な遺伝情報が小さな細胞の中に美しく収納されているのです。

さらに、ハーバード大学では、老化細胞の若返りを目指す“若返りカクテル”の開発が進められており、6種類の化合物を組み合わせることで、培養細胞の遺伝子発現がわずか1週間で若い細胞並みに回復したという成果も報告されています。このような薬剤ベースの若返り技術は、遺伝子操作に頼らず、安全かつ広範に応用できる可能性が示唆されています。

老化はもはや不可避な現象ではなく、分子レベルで制御可能なプロセスとして捉えられつつあるのです。骨、免疫、筋力、認知機能といった複数の側面からアプローチすることで、未来の医療は「長寿」だけでなく「健やかな長寿」を実現する方向へと進化しているのです。

100歳以上でも、特別な健康食品ではなく、好きなものを普通に楽しみながら食べる人が多いだけでなく、運動習慣もさまざまで、買い物に歩いたり水泳をする人もいれば、運動をせず肥満や喫煙歴のある人もいます。

健康長寿の秘訣は、生活習慣だけでは説明できない何かがあるようです。

それが、遺伝子だとニル・バルジライS. Jay Olshansky博士やNir Barzilai博士らが指摘するように、老化は単なる時間の経過ではなく、疾患の根源的な要因として捉え直されつつあります。

彼らの研究では、特定の遺伝子変異が高齢者を疾患から守る可能性があることが示されています。

実際、ある長寿者の細胞を調べたところ、老化を遅らせるとされる遺伝子変異が確認されました。
https://furou8.jp/sirtuin-seven/

この変異を持つ細胞は、汚染環境にさらしても損傷を受けにくく、生物学的老化の進行が著しく遅いことがわかっています。

Barzilai博士は、こうした自然の“防御因子”を模倣することで、薬の力によって健康的に年を重ねる未来を目指しています。

「遺伝子治療が必要なのでは?」という誤解もありますが、遺伝子そのものを変えるのではなく、同様の作用を持つ医薬品によって老化の進行を抑えることが可能だとされています。これは、老化を疾患のように“治療可能なプロセス”として扱うという、まさにパラダイムシフトです。

To be continued.

社団法人認知症高齢者研究所
Senior Dementia Institute

〒224-0032 神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎中央20−14 松本ビルB館 4F
TEL:045-949-0201 FAX:045-949-0221
Copyright © 2018 Senior Dementia Institute. All Rights Reserved.


PAGE TOP