心に残る今月の一冊

塩井純一

「中村哲 思索と行動」(下)ポプラ社、2024年刊

 本書の上巻は2023年6月に発行され、その年の10月14日の本読書会で取り上げられています。その後2024年5月に下巻が発行され、私は早速購入したのですが、一年以上積読状態になっていました。今回、意を決して読破しました。

上巻では中村哲が医師としてパキスタン奥地で診療活動を始める前後の1983年から、その後国境を越えてアフガニスタンにまで僻地医療活動を展開、更に医療以前の公衆衛生上の観点から、当地の飲料水不足の問題に気づき、井戸掘りに手を拡げていった2001年までの経緯がつづられていました。本書下巻では、更に灌漑活動・作業にまで乗り出し、農民の自立生活を後押しし、広めてゆく中で、テロ行為で殺害される2019年末までの活動・経緯が報告されています。

全人口の85%が農民という農業国アフガニスタンが、気候温暖化に伴う渇水化(自然要因)と、うち続く戦乱(人為要因)により農業がたちゆかなくなっていく中で、中村哲は離農する難民や、彼らの飢餓的状況を目の当たりにします。地域農業を立て直すべく、農業用水としての灌漑事業・活動に乗り出すのですが、その規格外的生き様に圧倒されます。僻地での診療活動で増え続ける患者に対症療法的に対応するだけでは底なし沼のような状況から抜け出せないと悟り、貧窮化する農民が生活者として自立できるような環境・地域社会を作ろうとするのです。医者の領分からは全く外れているのですが、命を預かる医者だからこその人道的危機感と使命感があったように思われます。自分の専門外として諦めるのではなく、また他人任せにせず、「自分に出来ることは何か」を追求し続けた気概、「自分がやらねば誰がやる」の胆力に圧倒されと同時に、こんなスケールの国際人を日本から輩出したことに誇りを感じました。私自身はアルツハイマー病研究者として、あまりに専門化してしまい(蛸壺化)、「木を見て森を見ず」の状況にも陥いり、脳の全体像を見失なった為に、治療法に繋げられなかった無念感があります(アルツハイマー病の治療法はいまだ確立しておらず、模索中なのです)。そしてこの様な専門分野での蛸壺化が、あらゆる分野で広がっている近年の状況下で、中村哲の規格外の生き様が殊更光ります。同年同月(1946年9月)生まれの彼にひき比べ、自分は「何を成したのだろう」の情けなさ・恥ずかしさも感じさせられました。

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