Science Park 脳の声を聴く

―脳科学の最新トピックから認知症の理解を深める―

今月のScience Parkでは、「脳の声を聴く」というテーマのもと、認知症ケアに新しい視点をもたらす脳科学の知見を紐解いていきます。 私たちが日々行っている「手を伸ばす」「ものを触る」といった何気ない動作。その背後には、脳のさまざまな領域が連携し、驚くほど精密な情報処理が行われています。 この章では、運動と感覚のメカニズムを通して、脳の働きの奥深さを探りながら、認知症の理解にどうつながるかを考えてみましょう。

Human Brain Projectから紐解く脳理解の最前線

脳は、私たちの思考、感情、運動、記憶など、あらゆる生命活動の中枢を担う器官です。その複雑さゆえに、脳の全体像を理解することは長年にわたり科学者たちの夢であり挑戦であした。

ヨーロッパで進められてきたHuman Brain Project(HBP)は、この夢に向かって本格的に踏み出した壮大な科学プロジェクトです。HBPは、2013年に約10億ユーロの予算でスタートし、スーパーコンピューターを用いた脳のシミュレーションを中心に、神経科学、AI、ロボティクス、医療応用など多分野にわたる研究を展開してきました。2023年には10年の節目を迎え、プロジェクトは新たな段階へと進化していまます。

デジタル脳の構築とシミュレーション技術

HBPの初期の目標は、「スーパーコンピューター上に人間の脳を完全に再現する」ことでした。これは、神経細胞の構造や機能を詳細にモデル化し、脳全体の情報処理をシミュレートするという野心的な試みでした。この過程で開発されたのが、Blue Brain Project(スイス)を基盤とした多階層の脳シミュレーション技術である。神経細胞の電気的活動、シナプスの可塑性、神経回路の動態などを再現することで、脳の働きを「見える化」することが可能にしました。

さらに、HBPはEBRAINSという研究インフラを構築し、脳の構造・機能に関する膨大なデータを統合・共有するプラットフォームを提供しています。これにより、世界中の研究者が脳モデルを活用し、認知機能や疾患メカニズムの解析を加速できるようになったのです。

神経科学的アプローチへの進化

HBPは単なるシミュレーションにとどまらず、神経科学的アプローチへと進化しています。

これは、脳の構造と機能を多角的に捉え、個別の神経回路や細胞群がどのように協調して認知や運動を生み出すかを探る研究です。

たとえば、脳のネットワーク構造に注目した研究では、情報の流れがどのように分散・統合されるかを解析し、認知症などの神経変性疾患におけるネットワーク障害の理解が進んでいるのです。

特に、大脳皮質と皮質下構造の連携が、記憶や注意、運動制御に重要な役割を果たすことが明らかになってきました。

また、ニューロモルフィック・コンピューティング(脳の構造を模倣した計算技術)や脳型AIの開発も進行中であり、これらは将来的に認知症ケアに応用される可能性を秘めているのです。

認知症ケアへの応用可能性

HBP(Human Brain Project)の成果は、認知症の理解とケアに新たな光を当てており、たとえば、脳の運動制御ネットワークや感覚統合機能のシミュレーションにより、認知症患者に見られる動作障害や感覚過敏のメカニズムが、より精緻に捉えられるようになってきています。

さらに、個別化医療への応用も期待されている。EBRAINSでは、患者ごとの脳構造や機能データをもとに、パーソナライズド脳モデルを構築する試みが進行中であり、これにより症状の予測や治療方針の最適化が可能になるとされています。

日本国内でも、認知症ケアの未来を切り拓く取り組みが進んでおり、認知症介護研究・研修東京センターや認知症高齢者研究所、産業技術総合研究所らが連携して開発しているのが、DeCaAI(Dementia Care-assist AI system)である。このAIは、バイタル情報・環境センサー・介護記録などをリアルタイムで解析し、BPSD(行動・心理症状)を30~60分前に予測。適切なケア方法を介護職に通知することで、症状の未然防止や重度化の回避を目指している。

Human Brain Projectは、脳の理解を飛躍的に進めるだけでなく、認知症ケアの未来にも深い影響を与える可能性を秘めている。脳の声を聴くとは、単に神経活動を観察することではなく、そこに宿る「こころ」や「意志」を科学的に読み解くことでもあるのです。そして、DeCaAIのような日本発のAI技術が、現場の声と科学の知見をつなぎ、より安心で尊厳あるケアを実現する流れを加速させています。脳科学とケア技術の融合が、これからの認知症ケアにどんな波を起こすのか——その行方がとても楽しみです。

Human Brain Projectの成果とDeCaAIのような現場密着型AIが手を取り合うことで、認知症ケアの未来が進化していくことでしょう。

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