Science park 2025 8月号 No3

Episode1 前方連合野 (Anterior association area)のブローカ領野

話したり書いたりする働きを担う

前方連合野の働きは、言語にかかわる非常に大切な領域があります。

これを見つけたのが、19世紀に活躍したフランスのブローカという外科医なので、ブローカ領野と呼んでいます。

また、話すことや文字を書く能力の中枢となっているので、ブローカ中枢ともいっています。

ブローカ医師は、声を出したり、口を動かしたりする事はできますが、話ができない失語症の患者の脳を、死後に調べてみました。

そして、ほとんどの患者で脳の左半球の前頭葉と頭頂葉とをわける太いミゾの少し前のしたのほう、つまり、現在ブローカ領野と呼ばれている前方連合野の一部に障害があることを発見したのです。

のちの研究者はさらに、正常な人の脳のこの部分を電気で刺激してみました。すると、会話が途中で止まってしまったり、はっきりと発音ができなかったりといった現象がみられました。

これらの事実によってわかることは、この部分、つまり左半球の前方連合野の一部が、言葉を発するときに動かす筋肉の運動を支配しているということです。また、この部分は、文字を書く能力にも関係していると考えられます。

ちなみに、この言語野を中心とした領域に障害がある失語症をブローカ失語といいます。

この失語症になると、無言になる、慣れない外国語を話すように話し方が流暢でなくなる、限られた単語しか言えなくなる、抑揚がなくなるという症状が見られます。また、長い文の理解ができない、文字が書けない(写すことはできる)、文の理解ができないという症状も見られます。

Episode2 ブローカ領野の活動領域

文法から運動野との連携まで

このブローカ領野の前半分は、言葉の中でも特に文法処理を担っていると考えられます。

それは、2つの英語の文を見て、誤りを指摘するというテストから分かりました。

その1つはつづりに間違いがあるもの、もう1つはその言葉に文法的な順番の間違いがある物でした。その結果、文法の間違いを指摘するときは、ウェルニケ領野などと同時に、左脳のブローカ領野の前半分に活動が見られました。

ここは、つづりの間違いを指摘する際には活動が見られなかった場所です。

つまり、文法処理にはブローカ領野の前半分が特別な力を発揮している事が明らかになりました。

失語症を患うことで、文法を適切に使うことができなくなるヒトがいるが、その原因はこの部分にあるのではないかと考えられます。

これに対して、ブローカ領野の後ろ半分は、マネをするときに働くことがわかってきました。脳の電気的な活動を調べる場合には脳波が使われますが、脳波では脳のどこが活動したのかを正確に知ることができないです。

そこで登場したのが脳磁図です。脳の一部に電流が流れればそこには磁力が生じるが、この磁力を測定すると、どこに電流がなかれたかをミリメートル単位で正確に知ることができます。この方法を使って、口や手首の動作のマネをするときに働く脳の場所を調べると、運動野が働く前にブローカ領野の後ろ半分が働くことがわかりました。言葉を覚えるとき、赤ちゃんはお母さんの言葉を聞きながら、その口元を見て、動きと音をマネます。言葉はマネをすることからはじまるので、その場所が言語に関係するようになったのです。

Episode2 側頭連合野のウェルニケ領野 

話し言葉と書き言葉の意味を理解するところ

ブローカ領野のほかに、言語機能に深く関与する領域として側頭連合野があります。特にウェルニケ領野(ウェルニケ中枢)は、言語理解における中心的な役割を果たします。

19世紀のドイツの精神科医カール・ウェルニケは、独自の症例観察を通して“ウェルニケ失語”と呼ばれる失語症の存在を発見しました。

彼が診た患者は流暢に話すものの、意味の通らない言葉や文法的に破綻した文章を発し、聞き手にとっては内容の理解が困難でした。この患者たちは、物事の使い方や状況判断、社会的マナーといった他の認知機能には問題がなかったことから、ウェルニケは言語機能の障害が脳の特定部位に局在していると考えました。死後の脳解剖により、左側頭葉上側頭回後部に明確な損傷が認められたことから、この部位が“ウェルニケ領野”として特定されました。

ウェルニケ領野は、聴覚情報処理と意味理解に関連する領域であり、主にブロードマンの脳地図で“22野”に該当します。

現代の脳科学では、fMRIやPETなどの脳画像技術を用いた研究によって、ウェルニケ領野が話し言葉や書かれた言葉の意味を解釈する際に顕著な活動を示すことが明らかにされています。特に、意味的な矛盾や複雑な構文を含む文章を理解する場面では、この領域の活動が強まることが報告されています(例えば、Price, 2012, “A review and synthesis of the first 20 years of PET and fMRI studies of heard speech, spoken language and reading”)。

ウェルニケ失語の患者は、しばしば“ジャーゴン失語”と呼ばれる現象も示します。これは、本人は流暢に話しているつもりでも、単語の置き換えや造語、誤った語順が多発し、内容が支離滅裂になる状態です。また、自己モニタリング能力が低下するため、自分の発話が意味をなしていないことに気付くことができません。さらに重度の場合、単なる意味のない音の羅列だけを発する“意味性失語”となることもあります。こうした症例の背後には、ウェルニケ領野と他の言語関連領域、特にブローカ領野とを結ぶ弓状束(arcuate fasciculus)の損傷が関連することが、現代神経科学の研究で示唆されています。

また、ウェルニケ領野は主に左半球に存在しますが、右半球の対応領域も重要な役割を果たしています。右側の同部位は、特に音楽やメロディ、比喩的表現の理解、感情的なニュアンスの認知など、非言語的な情報処理に優れていることが近年の研究で明らかになっています(例えば、Griffiths et al., 2001, “The processing of temporal pitch and melody information in auditory cortex”)。

加えて、左半球の前方には“ブローカ領野”、後方には“ウェルニケ領野”があることから、前者を「前方言語野」、後者を「後方言語野」と呼ぶことがあります。これらの領域を結ぶ神経路(弓状束)の損傷は、伝導失語(conductive aphasia)という症状を引き起こし、言語の理解は保たれるものの、自発的な発話や復唱に困難が生じることが知られています。

このように、ウェルニケ領野は言語理解の中核を成し、脳機能画像研究や神経心理学的症例、さらには分子遺伝学的な知見も交え、現代の脳科学によってその重要性が科学的に支持されています。

Episode3 言語に関係する部分の左半球へのかたより

ー幼少時まで右半球に代償機能がー

私たちの脳における言語機能の局在は、主に大脳皮質の左半球に認められるという事実は広く知られています。実際、ブローカ領野やウェルニケ領野といった言語に深く関与する領域は、ほとんどの場合、左半球に存在します。しかし、この左右の非対称性がどのように形成されるか、そして発達段階においてどのような可塑性があるのかという点は、近年の神経科学研究によってさらに明らかになりつつあります。

例えば、ウェルニケ領野のような言語理解に関わる領域は、発達の過程で「プログラム細胞死(アポトーシス)」と呼ばれる現象によって、右半球の対応領域の神経細胞が左半球よりも多く脱落し、結果として左半球に機能が集中するようになります。この現象は、遺伝的なプログラムによって制御されていると考えられており、ヒトが効率よく言語機能を発揮できるように、脳構造が最適化されるプロセスの一部です。

しかし、幼児期から小児期(およそ10歳前後)までは、こうした左右偏在化がまだ十分に進行していません。

この時期は神経可塑性が非常に高く、たとえば左半球のウェルニケ領野に障害が発生した場合でも、右半球の対応領域がその代償機能を担うことが可能です。

この現象は「機能代償」あるいは「脳機能の再編成」と呼ばれます。

幼児が脳損傷を受けても、比較的言語機能が保たれる場合があるのは、この神経可塑性や代償機能によるものとされます。

しかし、発達が進み、右半球の対応領域の退化が完成していくと、この代償能力は急速に失われます。すなわち、ある程度以上の年齢で左半球の言語野に障害を受けると、もはや右半球がその役割を担うことができなくなり、失語症などの言語障害が不可逆的に残る場合が多くなります。

このような現象は、言語機能の神経基盤が発達過程と深く関連していること、そして脳の可塑性が年齢とともに大きく変化することを示しています。

近年はfMRIやPETといった脳機能画像法によって、実際に言語課題を行っている際の脳活動パターンをリアルタイムで観察することができ、これらの科学的知見がさらに裏づけられています。

このような知見は、言語障害に対するリハビリテーションや教育法を考える上でも重要であり、「臨界期」の存在や神経可塑性の活用が今後の医療や教育現場に広く応用されることが期待されています。

ブルーカー失語の病巣

Episode4 記憶と本能 大脳辺縁系の働き

ー本能的な感情と関係するー

ここでは、大脳皮質の内側の各部の働きについて紹介していきます。

まず、新皮質のすぐ内側にあるのが、大脳辺縁系です。 

新皮質は、人間の方がほかの動物よりも圧倒的に大きいです。脳の中での占める割合も高く、この傾向は高等な動物ほど顕著に見られます。

一方、大脳辺縁系の大きさは、動物による違いが少ないです。もちろん、違いはありますが、新皮質ほど顕著ではないのです。

その大脳辺縁系は、扁桃核、海馬、帯状回などからなっています。動物の進化からみると、大脳の中でも古い方の脳、つまり進化の過程で、はじめのほうにできた脳です。働きとしては、主に喜怒哀楽といった感情や、本能的な衝動と関係しています。

ただ、感情といっても、愛する人からプレゼントをもらって嬉しいとか、侮辱されて悔しいとかいった複雑なものではないです。もっと本能的なものです。

たとえば、たっぷりものを食べることができて、食欲が満たされていい気持ちになったり、逆にみたされなくて不愉快になったり、危ない目にあって、恐怖を感じて怒ったりといった感情を生み出しているところなのです。つまり、動物と同様のレベルの感情や衝動と関係しているといえます。

ところで、大脳辺縁系は、もう1つ大切な役割をもっています。記憶です。この記憶には、大脳辺縁系の海馬が深く関係しています。そこでここからは、海馬と記憶との関係を説明しながら、脳と記憶について少し詳しく見ていきます。

Episode5 海馬が関係する記憶とは

ー記憶には2種類あるー

記憶には、からだで覚える記憶と頭で覚える記憶があります。前者を手続き記憶、あるいは技の記憶(非陳述記憶)といい、後者を陳述的記憶といっています。 

手続き記憶とは、自転車の乗り方など、からだで覚え込み、そのやり方を意識しないで思い出すことができる記憶のことです。

また陳述的記憶とは、頭で覚え、憶えている内容を言葉や図形ではっきりと意識的に表現できる記憶のことです。

陳述的記憶は、さらに出来事記憶と意味記憶にわけられます。

出来事記憶は、その人の人生でただ一度限り生じたような出来事の記憶です。たとえば、小学生のとき、遠足で足をけがしたとかいったもので、「~を覚えていますか」」という質問の答えとなるような記憶です。

一方、意味記憶は、繰り返しの学習によって獲得した知識のことです。たとえば、徳川家康は関ヶ原の戦いで勝ったといった歴史上の事実や英単語などで、「~を知っていますか」という質問の答えとなるような記憶です。

これらの出来事記憶も意味記憶も、ともに言語的記憶と非言語的記憶の2種類があります。前者は言葉で記憶し、言葉で再生することができるものです。後者は、人の顔を記憶のように、言葉では表現できないが、パターンとしては、はっきりと覚えていて、頭に思い浮かべたり、写真をみて、これは誰々さんだと指摘できたりする記憶のことです。

Episode6 出来事記憶の近時記憶を引き受ける海馬

短期記憶、近時記憶、遠隔記憶

次に、記憶を時間の経過という観点から詳しく見ていきましょう。

記憶のプロセスは、神経科学や心理学の分野で多くの研究が行われており、その仕組みや分類が科学的に明らかになってきています。

例えば、電話番号を一時的に覚えておいてすぐにかける場面を想像してみてください。このように、数秒から1分程度の非常に短い間だけ情報を保持する能力を「短期記憶」と呼びます。アメリカの心理学者ジョージ・ミラーが提唱した「マジカルナンバー7±2」という法則が有名であり、人が一時的に保持できる情報の単位(チャンク)はおおよそ7つ前後だとされています。この短期記憶は、主に前頭前野の作業記憶システムによって担われており、脳の中で情報が「ワーキングメモリ」として一時的に操作・保存されている状態です。

短期記憶の例としては、買い物リストを頭の中で繰り返して覚えながらスーパーを歩く、あるいは授業中に先生が口頭で伝えた数字や単語を紙に書き写すときなどが挙げられます。短期記憶は、健忘症やアルツハイマー病などの記憶障害が生じていても比較的保たれていることが多く、知能や注意力とも密接に関係しています。

短期記憶よりも長い時間、数分から数日間にわたって情報を保持する記憶を「近時記憶」と呼びます。これは、最近体験した出来事や覚えた内容に関する記憶です。たとえば、数日前に友人と行ったレストランの名前や、今朝聞いたニュースの内容がこれにあたります。医学的な事例として有名なのが、海馬損傷による健忘症患者(著名な例:H.M.患者)です。H.M.はてんかん手術によって両側の海馬を摘出された後、新しい出来事や知識をほとんど覚えられなくなりましたが、手術前の遠い記憶(遠隔記憶)は保持されていたという報告があります。これは、近時記憶の形成と保持に海馬が重要な役割を果たしていることを示しています。

さらに、時間的にかなり経過した記憶、たとえば子どもの頃の思い出や学生時代の出来事など、数年前から数十年前の記憶を「遠隔記憶」と呼びます。この遠隔記憶は、海馬から大脳皮質に再配置(システム連結)が進むことで、より安定して長期間保存されると考えられています。脳損傷などで海馬が傷ついた場合でも、遠隔記憶は比較的保持されやすいことが多く、実際に患者の臨床例からもこの特徴が確認されています。

まとめると、記憶には短期記憶、近時記憶、遠隔記憶という時間的な階層が存在し、それぞれ異なる脳領域や神経メカニズムによって支えられています。たとえば、短期記憶であればワーキングメモリと前頭前野、近時記憶であれば海馬、遠隔記憶であれば大脳皮質が中心的な役割を担っています。さらに、健忘症患者や脳損傷例、日常生活での具体的な体験を通して、これらの記憶の仕組みがより明確に理解されてきました。

このように、科学的な知見に裏打ちされた記憶の分類や脳との関係性を知ることで、私たちは自分自身の記憶の働きをより深く理解することができるのです。

Episode7 記憶はどのようにして貯えられるのか

ーシナプス説

陳述的記憶は、脳の大脳皮質に蓄えられています。

外部からの情報は、大脳皮質の感覚野や海馬などを通過し、最終的に大脳皮質の連合野へと送られます。

たとえば、視覚情報であれば後頭葉、言語情報なら側頭葉の連合野がそれぞれ受け持つなど、情報の種類によって記憶が蓄積される場所が異なります。

しかし、記憶が最終的にどの領域に長期保存されるのかについては、現代科学においてもまだ完全には解明されていません。

医学的な観点からは、短期記憶や知能は保たれているものの、新しい出来事記憶に障害が見られる健忘症の患者を調査すると、側頭葉内側部(特に海馬やその周辺)、視床前内側部、さらには前脳基底部に損傷が認められるケースが多く報告されています。実際、著名な医学的症例であるH.M.患者は、てんかん手術で両側の海馬を摘出した後、新しい情報を記憶できなくなりましたが、手術前の過去の記憶は保持されていました。

このことから、近時記憶や新しい出来事記憶の形成には海馬が重要な役割を担っていることが示唆されています。

では、記憶はどのようにして脳に保存されるのでしょうか。以前は「記憶物質仮説」として、特定の物質が記憶の担い手であると考えられていましたが、現在では「シナプス説」が主流です。

これは、脳内の神経細胞同士をつなぐシナプスにおける構造や機能の変化が、記憶の固定・保存に深く関与しているという理論です。具体的には、新しい情報が海馬を経由して大脳皮質へ伝わる過程で、神経細胞間のシナプスが強化されたり、数が増加したりすることで、情報が安定して保存されるようになります。

医療の現場では、アルツハイマー病などの神経変性疾患においては、シナプスの減少や機能低下が記憶障害の主要な要因となることが知られています。また、健忘症の患者に対する脳画像診断や神経心理学的検査は、どの脳領域がどの種類の記憶に関与しているかを明らかにする上で重要な手がかりとなっています。

たとえば、日常生活での具体例として、初めて訪れたレストランの名前を覚える過程では、最初は海馬が活発に働きますが、時間が経過して何度もその名前を思い出したり、誰かに話したりするうちに、大脳皮質に情報が再配置(システム連結)され、より長期的に保存されていきます。

このように、記憶の形成・保存のメカニズムは最新の神経科学や医学によって少しずつ明らかになってきており、私たちの記憶は絶え間ない脳の変化と連携によって支えられています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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