Science park2025 8月号No2

運動と脳の関係手が動くまでのメカニズム

運動野、運動連合野が、大脳の中で運動と深く関係しているところですが、ほかの部分も無関係ではありません。

そこで、手を動かすという運動を例に、ほかのどのような部分と関係しあって運動野や運動連合野が働いているか見てみることにします。

たとえば、目の前の湯呑みをとりたいと思ったとします。その理由は考えない事にして、とにかく、湯のみを取るといった動機づけがまず行われます。この動機づけは、運動野の前方連合野が中心となって行われています。

さて、湯のみに手を伸ばすには、湯のみがそこにあるという視覚情報がなければならないのですが、その情報は視覚野から側頭連合野、頭頂連合野を経由して伝えられます。側頭連合野では、湯のみがあることの確認がなされ、頭頂連合野では湯のみの位置(湯呑みのある方向や距離)が確認されます。

(出典)http://www.akira3132.info/cerebral_cortex.html

これらの情報を受け、運動連合野では、手を動かす準備をします(プログラムをつくる)。そして、その指令が運動野に伝わり、運動野から、この筋肉をこれくらい収縮させろといった指令が脊髄の運動神経に送られていき、実際に手が動き、湯のみを取ることができるわけです。もちろん、これらのプロセスは瞬時に済んでしまいます。

そして、これらの一連の動きを円滑に行うために大切な役割を果たしている部分が小脳と大脳基底核です。小脳は運動の指令と実際の動きとを比べて、スムーズにいってなかったら修正する役割を果たし、大脳基底核は必要な筋肉群を組み合わせ、運動を開始したり、動きをコントロールしたりしています。

これらの各部の連携によって、人間はからだを動かしています。

運動野のところで紹介したペンフィールドのマップは、体性感覚野のものもあります。体性感覚というのは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、内臓覚(内臓の感覚)以外の感覚、つまり触覚や痛覚、圧覚(皮膚がおされたりひっぱられたりする感覚)、温度感覚などの感覚をいいます。これらの感覚を起こす神経細胞が集まっているところが体性感覚野です。触った感じがどうだとか、熱いかといった感覚を憶えるのは、この部分が働いているからです。

ペンフィールドのマップにそって、人間の姿をかいてみると、手や唇、口の中などに対応する部分が大きくなっているのがわかります。手や唇、口の中などからの刺激(情報)を受ける神経細胞の数が、きわだって多くなっているわけです。われわれは、これらの部分の触覚や圧覚が、ほかの部分よりも敏感になっていて、触れた対象の、丸い、角張っている、固い、柔らかい、さらに、熱い、冷たいといった様子がこまかくわかるようになっています。

一方、他の動物の体性感覚野の役割分担はどうなっているのかを調べたものもあります。先程と同様、実際の体性感覚野の比率通りに動物を描いてみると、たとえば、ねずみでは、実際のからだの面積に比べ、口の部分が異常に大きくなっていて、それだけねずみにとって口が大切だということがわかります。また、ネコは口と前肢が、サルは前肢と後肢が多くなっています。それぞれの動物にとって、体性感覚の面でどこがよく働いている部分なのか、つまり、どこが器用に使われているかがわかります。

Episode2 視覚野の働きー視覚情報を分解するー

 では、運動連合野や体性感覚野以外の感覚野の働きはどのようなものなのでしょう。比較的メカニズムが解明されている、大脳皮質のいちばん後ろに位置する視覚についてみてみます。 

 この領域は文字通り視覚と関係していますが、人間の場合、この視覚が他の感覚よりも優位に働いています。

 そのことを、手品の場合で例証します。手品師が箱に鈴をいれ、ふってみます。リンリンと音がするので、お客は箱に鈴が入っていると思います。ところが、箱を開けると鈴が入っていません。じつは、はじめから鈴をいれず、音は舞台の端で助手がならしていたのです。普通なら、音のする方向が箱のあるほうとは違うのだから、疑問に思うはずなのに、お客は耳からの情報よりもふられた箱という視覚情報を優先させているため、手品にびっくりしてしまいます。

 人間やサルは、進化の過程で、見ることへの依存を大きくし、視覚の重要性が増したためか、この視覚に関係する部分、つまり視覚野を発達させる必要があったと考えられています。

 この視覚野に目から入った情報がやってきます。ここに入ってきた情報、つまり目に映った外部の情報は、いろいろな要素が混ざった混沌としたものです。そこで視覚野はこれを、色や形、奥行き、動きといったいろいろな要素に分解するのです。

 そして、これらの情報をより高度な仕事をする他の連合野に渡しています。その連合野が、頭頂連合野や側頭連合野、後方連合野です。そこで、各連合野と視覚との関係をこれから見ていきます。

Episode3 頭頂連合野の働きー空間を認識するところー

頭頂連合野は視覚野から空間を認知するための情報を受け取っていて、見たものの空間的位置関係や向きなどを識別する働きを担っています。

この部分に障害があると、点と点を結ぶことや、図形の向きを判定することができなくなります。右向きなのか、左向きなのかということがわからなくなってしまうんのです。

また、丸や三角などの簡単な図形の模写もできないです。もっとも、丸や三角を描くように指示をするときちんと描けます。これは、丸や三角の記憶は保たれているためで、一方、模写ができないということは、目で見て、その視覚情報と同じものを描くことができないということなのです。さらに、漢字を書かせると部分的には正しく書けるのに、文字全体の構成がバラバラになってしまいます。これは、視覚情報の構成ができないということです。

ただ、同じ視覚情報でも、人の顔は分かるし、絵をみて何の絵なのかも答えることができます。要するに、視覚情報をもとにした位置関係や方向性の認識、構成に支障を来すということです。このことから、頭頂連合野は、視覚情報をもとにした位置関係や向きの認識、視覚情報の構成と関係していることがわかるのです。 

 また、この連合野は、体性感覚野からも情報を受け取っていて、ものの大きさや材質などの感触を認識したり、自分の手足の位置や大きさを認識したりしています。そしてそれらと感覚情報とを関係づけて、空間の中での一連の動作を順序だてて行ったり、手足やからだの運動をコントロールしたりしていると考えられます。

Episode4 側頭連合野の働きー図形などを意味のあるものとしてとらえるー

では、側頭連合野はどのような働きをしているのでしょう。

この部分に障害のある患者を観察してみましょう。

たとえば、りんごを写生するように指示を出すと、きちんと写生する事ができます。ところが、それが何かがわからないのです。あるいは、犬の絵を模写してもらうと、上手にできます。しかし、何の絵であるかを問われると、やはり答えられず、「牛のようだ」と答えたりします。

さらに、人の絵を見ても誰であるかいえません。ところが、声を聞くと、「友人のAさんだ」というように相手が分かるのです。 これらの真実は、側頭連合野に障害があると、形の認知や人の顔の認知が出来なくなるということを示しています。 

また、この患者に、三角や丸や四角など、いくつかの図形が重なった錯綜図を見せて、その中の三角形だけをふちどりするように指示すると、うまくできません。同じ図形が重なっている錯綜図で、その中の1つをふちどりすという作業もできません。つまり、図の識別が不可能だという事なのです。

三角形の模写はできるのに、錯綜図から三角形だけをふちどることができないということは、いくつかの線の組み合わせで形としての意味をもっている対象(三角形や四角形、丸など)の意味が分からなくなっているということです。

 このことから、側頭連合野は、視覚情報から得た形や人の顔、図形などを意味のあるものとして捉える働きをしているものと考える事ができます。

Episode5 後方連合野の働きー何を見ているかわからせるところー

このほか、側頭連合野は、視覚野から色の情報を受け取って、色を区別する役割も果たしています。ここに問題が生じると、色の区別ができなくなってしまいます。

ところで、あとで詳しく説明しますが、この側頭連合野は視覚だけでなく、聴覚との関係が特に深く、音とかかわりがある言葉の認識とも深い関係をもっています。

ところで、あとで詳しく説明しますが、この側頭連合野は視覚だけでなく、聴覚との関係が特に深く、音と関わりがある言葉の認識とも深い関係をもっています。

次に、後方連合野の働きも見ていきます。ここは、視覚野に入った情報をもとに、より高いレベルの色々な視覚機能を果たしているところです。 

この部分に障害があっても、たとえば、匂いをかいで、これは納豆だといったり、手で触ってみて、これは石だと言ったりするように、視覚以外の感覚情報からは、対象となるものの名前を言う事はできます。しかし、見ただけではそれらのものの名前を言うことができなくなってしまいます。また、色の区別はつくのに、その色の名前がいえなかったりするということもあります。要するに、見えているものについての名前の特定ができなくなってしまうのです。このことから後方連合野は、目からはいった視覚野の情報を分析・統合して、われわれが何を見ているかがわかるようにする働きをしている事が分かります。

以上のように、視覚野からの情報に対しては、側頭連合野、後方連合野、そして頭頂連合野などが働いています。そして、これらの連合野の高度な認識活動によって、視覚野からの情報は処理されているのです。視覚にもとづいたわれわれの行動は、これらの働きのおかげで成り立っているわけです。

Episode6 前方連合野の働きー脳の最高中枢部

さて、次に取り上げるのは、高いレベルの精神的機能を果たしていると考えられている連合野の中でも、最高中枢といわれる前方連合野です。人間らしさがここに集中しているといってもいいです。この前方連合野は、ひたいのすぐ後ろにあり、高等な動物ほど広いです。ネコの場合、大脳皮質の中で3%しか占めていませんが、チンパンジーでは17%、そして人間になると30%近くを占めるようになっています。

その働きとしては、思考、学習、推論、注意、意欲、情操などと深いかかわりをもっていると考えられています。たとえば、ハイキングをするのに、目的地を決め、その途中で何をみて、どこで食事をするのかといったような、一連の行動の中で、先を考えていく計画的な力や、その途中で予定した道が工事中で通れなかったら、別の道を考えるといったような、計画の変更や調整の能力と関係があります。

 さらに、人と出会った場合、相手の地位などを認知して、相手が恩師や目上の人だったら、友人に接するような気さくさを抑えて、気をつかった対応をするというような抑制の力もあります。また、知識として蓄積された記憶をもとに、何か新しいものを創造するといっても、特に優れた芸術作品を生み出すとか、画期的なものを発明するというようなものに限らないです。日常的な、たとえば、冷蔵庫の材料で、新しい料理を考えるといったことも、この前方連合野が働いているからできることなのです。

Episode7 意欲と深い関係がある前方連合野ロボトミーでわかった前方連合野の一面

もう1つ、前方連合野で忘れてはならないのが、意欲と感情の関係です。

以前、ロボトミーと呼ばれる脳の手術が行われていたことがあります。1930年代から60年頃からまでのことで、この手術は、ひたいの横に小さな穴をあけ、そこからメスを入れて、前方連合野と脳のほかの部分をつないでいる神経線維を切ってしまうというものです。

凶暴な人、総合失調症の人、激しい不安状態にある人、異常行動が見られる人などに対して、この手術で行われました。

ところが、その手術を受けた人には、意欲というものがなくなってしまうことがわかりました。ある人は、それまで熱心だった自分の仕事に興味をなくしてしまいました。又ある人は、食事をする気持ちもなくなってしまいました。その上、周囲の出来事に無関心になり、将来のことなども眼中になくなりました。おとなしいが、積極的に何かをしようという気持ち、前向きにものごとを考える力、つまり意欲がなくなってしまい、ただ生きているだけといった状態になってしまったのです。

そのような事例から、ロボトミーという手術は、患者の心から大切なものを奪ってしまうということがわかり、現在では行われなくなっています。そして、このようなことから、前方連合野は、人間がよりよく生きていくために必要な意欲と深い関係があるのではないかと、考えられるようになったのです。

Episode8 感情にもかかわる前方連合野損傷すると無感動な人に

また、前方連合野は、感情や自己顕示欲などともかかわっています。

やはり、ロボトミーを受けた患者の様子からわかるのですが、生きたい、ものがほしいといった欲望だけでなく、自分を認めてほしいといった欲望も患者からは消え去ってしまいます。このことから、自己顕示欲という人間的な欲望も前方連合野と深く関わっていると推測されるのです。

加えて、感情との関係も認められています。怒ったり、笑ったり、泣いたり、喜んだりといった日常的な感情は、主に大脳皮質以外の部分、具体的には、大脳辺縁系や視床下部などと深く関係しています。これらの部分の働きを、のちほど説明しますが、このような感情を最終的に調節したり制御したりするのは、実は前方連合野なのです。

これもロボトミーの手術を受けた患者の話ですが、喜怒哀楽の感情の起伏がなくなってしまい、自分の子供が試験に合格したというような、いいことがあっても家族が喜んでいても、本人はまったく感情をあらわさないということがあるのです。

さらに、前方連合野は、ものごとが起こった順序を組み立てているところでもあるのです。ここに障害があると、たとえば、違う文字のカードを2つ見せ、どちらが後に見たものかと問うと、答えられません。最初に手をたたき、次に手を上げるといった振り付けなども、順序よくまねることができません。文字や手をたたくことなどの情報は憶えているのですが、時間的にどれが先で、どれが後なのかという順序の組み立てができなくなってしまうのです。

Episode9 大脳辺縁系の帯状回がやる気を起こす 動機づけのもと

快感や不快感の感情や、また、視床下部がコントロールしている食欲や性欲など、生きるための欲求にもとづいて、私たちは価値判断をし、行動しています。

場合によっては、新皮質の命令で、不快でも、それに向かわなければならなかったり、欲求があるのに、がまんしなければならなかったりということもあります。

いずれにしても、それらの感情や欲求をもとにした価値判断が、私たちの行動の出発点になっていることは確かです。 

この行動の出発点、つまり、快不快やそのほかの本能的な価値判断をまとめ、それにより、行動に移る動機づけをコントロールしているのが帯状回というところです。

たとえば、山の上に果物が実っていて、その匂いが自分にとって、好ましいものだったら、食べたいという欲求が生まれます。

そして、その欲求により、取りに行きたいという気持ちをもちます。これが行動の出発点となります。その後、具体的に山へ登る方法を考えるのは新皮質ですが、それはともかくこの行動の出発点にかかわっているのが帯状回です。

帯状回は、大脳辺縁系の一番外側にあり、新皮質と広く接していて、扁桃核が行った快不快の価値判断や、視床下部から出てきた欲求を新皮質に伝え、行動への意欲をつくりだしています。

また、行動だけでなく、積極的に考える気持ちをつくりだしてもいます。 要するに、行動の面でも思考の面でも、「やる気」を生み出しているのです。

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