心に残る今月の一冊

塩井純一

「僕には鳥の言葉がわかる」鈴木俊貴著、小学館、2025年刊

僕には鳥の言葉がわかる僕には鳥の言葉がわかる 先の読書会で「動物たちは何をしゃべっているのか?」(ゴリラ研究第一人者の山極寿一と鳥学者の鈴木俊貴との共著・対談本)を読んで、新進気鋭の鈴木俊貴に興味をかきたてられ、この最新本を手に取りました。野鳥観察おたくの著者の生活歴・研究遍歴、更に実験・観察がエッセイ風につづられており、一般読者にも読み易く、分かり易い内容だと思います。

著者は野生の鳥の行動や鳴き声に興味を持ち、鳴き声が恐怖や喜び等の単純な感情的表現、或いは反射的行動・活動ではなく、コミュニケーションの手段として言語的構造を持っていることを明らかにします。私は言語は人間だけが獲得した特異なコミュニケーション能力・活動だと解釈しており、従って言語構造は人間が実際に使用する言葉の研究からしか解明できないと思っていたので、著者の発見は驚きでした。天敵であるタカやヘビを表す鳴き声(鳥にとっての言葉)は、親から生後学習するようなのですが、文法構造も学習で獲得するのか、それとも遺伝的に規定されているのかに深い興味・関心があります。チョムスキーの生成文法論への挑戦になるかもしれません。更には、鳥の場合、この言語獲得で個々の脳を繋ぐ(集団脳の形成)ことによる集団行動化・集団作業への移行が何故起こらなかったのかが不思議です。人間(ホモ・サピエンス)の場合、数万年~10万年前の集団脳の形成で大型獣を狩り、競合したネアンデルタール人やデニソワ人を滅ぼし、更なる大規模集団の組織化で都市を作り、古代文明から現代文明に繋がり、生物界の頂点に君臨するようになったのです。鳥の脳は小さすぎて、集団脳形成のメリットが無かったのでしょうか。だとしても何故脳の巨大化が起きなかったのか、等々新たなる疑問が尽きません。

同じ研究者として、著者の特異な研究に感銘を受けたのですが、彼は更にその成果を基に「動物言語学」と名付けた新しい学問分野を弱冠39歳の若さで立ち上げるのですから、凄い。科学の進歩には、独自の研究・発見が必須なのですが、グラント(研究基金)の獲得上、私自身は皆の注目するような分野で競争するような方向で、脳科学分野に参入、更に脳の病気であるアルツハイマー病研究へと進んでキャリアを終えています。研究生活からリタイアした時点で、自分を含めて我々研究者は「人間の脳」について何も分かっていないの感慨を持つと共に、「私は何を残したのだろう」の敗北感があります。「脳機能」の研究は人間の脳を扱うのが主流なのですが、傍流ともいえる著者の小鳥の言語研究、更には彼の立ち上げた「動物言語学」は「脳機能」についての新たな視点と理解を与えそうです。

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