心に残る今月の一冊
塩井純一
「日本語で書くということ」 水村美苗著、ちくま文庫、2022年
『日本語で書くということへの希望』、II『日本近代文学について』、III『アレゴリーとしての文学』の3部構成。最後の『文庫版あとがき』で「私の頭の世界はいわゆる『象牙の塔』の世界に閉じこめられ、今振り返れば、まことに愚でもあれば滑稽でもあるが、あの世界の極端な狭さを知らなかった」とその自己遍歴を告白しており、その「自分の歩んできた道を最終的にはなんとか肯定しようと」しての弁解本のように受け取れました。そこに至り、私にとってIII部が全く面白くなく、II部も訴えること少なく、最初のI部『日本語で書くということへの希望』に読ませるものがあったのが了解・納得できました。I部は7つのエッセイで成り立っているのですが、そのうちの2つが特に印象に残りました。そのひとつ「インドの『貧しさ』と日本の『豊かさ』」ではインド帰りの飛行機内や空港で気づいた日イの貧富差から、言葉や文学の貧しさ、富かさへと考察・思索を拡げてゆきます。二つ目の「『もう遅すぎますか?』――初めての韓国旅行」は若い時の何回かのパリ旅行での切ない体験・回想を含めての文化論・文明論的考察なのですが、今や世界語となりつつある英語による「英語文学」と本来の英語文化圏の古典を引き継ぐ「英文学」を区別し、「英語文学」の将来的な優勢化を認めつつ、各言語での文学を残したい、残そうという期待・意志を感じました。言語はそれぞれの文化の基盤。日本語が失われれば日本文化も失なわれてしまうことへの焦燥感を共有します。