塩井 純一
「いつか必ず死ぬのになぜ君は生きるのか」立花隆著、SB新書、2022年刊
2021年4月に亡くなった立花隆の数ある著作の中から「人間とはなにか」を追い求めてきたテーマを中心に文章を寄せ集めています。若者読者向けのタイトルですが、我等老人にも読み応えのある内容で、タイトルも「生きるとはなにか」くらいにしても良かったのではないかと思いました。
第一章「人間とはなんだろう?」で著者が「人間を生物学的に考え」ているのが、生物学者である私にとっては大変好ましいです。科学者としては当たり前の視点ですが、知識人といえども、生物の進化を理解していない人が多いのです。一部引用すると「生物は、分子レベルで、非常に精密にコントロールされた、分子マシーンであるーーーそれ以上の魂といった特殊なスピリチュアルなメカニズムは下部構造的には何もないーーーそういうものは、後天的に後から上部構造として出現してくるかもしれないが、それは生命科学の外の存在」(「ぼくらの頭脳の鍛え方」2009年刊の引用)と、分子生物学を専攻した脳科学者である私の生命観に近いのです。ここで「後天的に後から上部構造として出現」は脳内における神経細胞の後天的ネットワーク化による「意識」「心」更には「言葉」の表出・出現と読み代えられるでしょう。この高度化した脳機能が1万数千年前に農耕・牧畜という自然を改変する発明を生み、それが更に都市化・貨幣経済といった文明を導き、現在の高度な技術・情報社会を実現させたのです。「これまでの生物進化で、生物は進化の道筋を自分で選択できなかったが、我等ホモサピエンスはこの脳機能により初めて自己の進化の方向を主体的に選択し始めた」(「宇宙を語る I」2007年刊から改変引用)とも言えるのです。
この後、第二章「死とはなんだろう」、第三章「人はなぜ生きるのか?」、第四章「人はどう生きるのか?」と第六章まで続くのですが、第一章だけで本質的なことは十分語られているように思いました。私なりの要約は「人間の知識欲は本源的。それを支える脳を進化的に獲得した我等ホモサピエンスだけが、唯一の人類種として生き残ったのである。著者も、読者の私も最も知りたいのは自分自身。人間とはなにか。なぜ生きるのか。これらの問いに対し、科学による解明はまだまだだが、文学や哲学、或いは宗教はそれなりにかなり答えている。過去数千年に亙り言葉として蓄積されたそれら人類の知恵・英知を学ぶことも、『生き方』の一つ」なのではないでしょうか。それを読書で私は実践中です。