インスリンとアルツハイマー型認知症

Insulin and Alzheimer’s Dementia

~インスリンはアルツハイマー型認知症に効くの効かないの・3型糖尿病を巡って~★

今回は、インスリンとアルツハイマー病の研究についてです。

米国神経学会(AAN)は、Neurology誌の中で「糖尿病」と脳内のリン酸化タウ蛋白によって起こる神経原線維変化の間に、アミロイドβ仮説によるアルツハイマー病とは別の関連性があるという新たな研究を発表しました。

この研究では、816人の後期高齢者(75歳以上)を対象に、脳の神経細胞の喪失や接続を検査するために脳脊髄液CSF(cerebrospinal fluid)検査を行った結果だと言うのです。

CSF検査とは、一般的に言うならば血液検査のような検査で神経疾患を診断するための重要な検査の1つです。

また、脳脊髄液は脳室系とクモ膜下腔を満たすリンパ液のような弱アルカリ性の髄液で、研究では、その中のアミロイドβ及びタウ蛋白質量を測定し、糖尿病との関連を調査したと報告されています。研究調査に参加した816人の対象者の内訳は、MCI軽度認知障害397名、ADアルツハイマー型認知症191人、記憶と思考に問題ない良性健忘28名で、そのうち糖尿病に罹っていた患者は124名です。

調査の結果、糖尿病患者では認知症の診断の有無に関わらず、CSF中の平均タウ蛋白濃度が16pg/mL増加していたということです。

また、思考や記憶の問題、認知機能障害やアルツハイマー型認知症の有無に関わらず、大脳皮質の厚みが糖尿病に罹っていない人より平均で0.03 mmも薄くなっていたことが分かったのです。

AANは、この研究により「2型糖尿病患者は、二重の認知症発症リスクがあることが示された」と指摘しています。しかしながら、「今回の研究は、1時点のデータを調査したもののため糖尿病と脳の神経変性との間に因果関係が成立するという、断定的な結論を導きうるものではない」とも述べています。

詳細情報はDIABETES AND BRAIN TANGLES MAY BE LINKED INDEPENDENTLY OF ALZHEIMER’S DISEASE

アルツハイマー病と糖尿病の研究は、2003年アメリカの聖路加医療センター神経科医のアルバニタキス博士が、第55回米国神経学会で糖尿病の人と糖尿病でない人のアルツハイマー病の発症を比較した調査結果があります。

その中で博士は「100歳の美しい脳」で有名な高齢の修道女867名の8年間に渡った調査の結果、糖尿病の人のリスクが73%も高かったと言っています。

その後、糖尿病とアルツハイマー病の関係は様々な研究がされており、その一つに高血糖がAGE終末糖化産物の形成を促すとアミロイドβを蓄積させると言う報告が有ります。

AGE:Advanced Glycaton End Products終末糖化産物は、蛋白質と糖が加熱されてできた物質で、強い毒性を持ち老化を進める原因物質とされているのです。

AGEが作られる仕組みは、血中のブドウ糖が過剰にあふれ出すことにあります。

(図1)

人間の体の細胞や組織を作っているタンパク質に糖が結びついて、体温で熱せられると糖化が起こります。こうして蛋白質と糖が加熱されてできた物質がAGEなのです。

しかし、体内でタンパク質が糖化しても初期の段階では、糖の濃度が下がれば、元の正常なたんぱく質に戻ることが出来るのです(図1)が、高濃度の糖がある程度の期間さらされると、毒性の強い物質に変わってしまいアミロイドβを蓄積させてしまい(図2)もう元には戻らないのです。

(図2)

もう一つは、外から取り込むAGE、つまりタンパク質と糖が加熱されてできた物質が食品や飲

物の中に含まれていて、それを取り込んでいるということなのです。

例えば、ホットケーキ、小麦粉(糖)と卵、牛乳(タンパク質)をミックスして加熱するとホットケーキが焼けます。そして、ホットケーキ表面のこんがりキツネ色をした部分こそが糖化したAGEなのです。AGEの量は血糖値×持続時間で計ることも出来るのです。

つまり、糖尿病により高血糖になるとタンパク質のアミノ基に糖が化学的に反応(糖化)して、AGEの形成を促し、長期間に渡って高血糖が続くとアミロイドβを沈着させるということなのです。

これが、アルツハイマー型認知症が「3型糖尿病」といわれる由縁のようです。

また、日本認知症学会では以前「糖尿病と認知症」と言うシンポジウムの中で、糖尿病は血糖をコントロールするインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」により認知症が発症すると言う報告がありました。インスリン抵抗性とは肝臓や筋肉、脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなった状態のことです。インスリン抵抗性があると食事で高くなった血糖値を感知して、膵臓からインスリンが分泌されても、筋肉や肝臓が血液中のブドウ糖を取り込まないため、血糖値が下がらず糖尿病と言う状態が起こると言うのです。これがアミロイドβの沈着を促進するのです。

(図3)

そして現在では、インスリン抵抗性が原因で脳内のエネルギー代謝が悪化した結果、神経細胞が減少して脳の神経変性疾患が進行すると考えられているのです。(図3)

血糖を調整するホルモンにはインスリン・グルカゴン・アドレナリンなどがありますが、血糖の低下に関与するホルモンは脾臓で作られるインスリンだけです。

そして、慢性的にブドウ糖を取り込まなくなったインスリンはインスリン分解酵素で分解されます。

(図4)

インスリン分解酵素の主な仕事はインスリンの分解です。インスリン分解酵素は副業としてアミロイドβの分解もしているのです。

慢性的にインスリンが多過ぎる状態になるような生活をしていると、インスリン分解酵素はインスリンの分解のために消費されてしまい、結果アミロイドβの分解が手薄になるということです。(図4)

また、アミロイドβを増加させる原因に薬剤による頻回の慢性的低血糖状態もあります。

これは、インスリン分泌を促進する薬の服用やインスリン注射によって体内のインスリン量が多過ぎて低血糖状態になるためにアルツハイマー型認知症を発症させるということです。

どちらにしても、糖尿病とアルツハイマー型認知症の関係は、1980年代に脳にもインスリンの受容体が有ることが分かったことにより確かめられたのです。

そして、現在では…Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism2011年3月号にニューヨーク州立大学のParesh Dandona教授により「低用量のインスリン投与により、アルツハイマー病の原因となる4つの前駆体タンパク質の血液での産生が抑えられた」という報告がなされました。

詳細情報

UB Study Suggests That Insulin Could Be Potential Therapy for Alzheimer’s Disease

アルツハイマー病の治療法は現状では十分に満足できるものはありませんが、この研究からインスリンがアルツハイマー病の治療薬としても開発可能であるということが示されたわけです。

研究で、アルツハイマー病の発症原因と言われるアミロイドβを含む4つのタンパク質がインスリンにより産生が抑制されることが分かったというのです。

また、研究では、免疫細胞として重要な働きをする末梢の単核白血球で4つの前駆体蛋白質が産生されていることもはじめて解明しました。

これは、インスリンが末梢の単核白血球において強力で迅速な抗炎症作用を示すことを解明した過去の研究成果にもとづいたもので、今回の研究では肥満や2型糖尿病と軽度の慢性炎症との関連も調査しています。

これは、これらの炎症は、インスリン抵抗性や進行したアルツハイマー病でもよくみられるからです。

研究方法は、インスリン、抗酸化剤、非ステロイド性抗炎症剤を投与されている患者を除く、糖尿病治療を受け経口薬による薬物療法を行っている10人の肥満症の患者や2型糖尿病の患者全員に1時間当り5%のブドウ糖か生理食塩水を投与するとともに、1時間当り200mLのインスリンを4時間以上投与したというものです。

その結果、低用量のインスリン投与により、アミロイドβが誘導されるアミロイド前駆蛋白質の産生を抑えられることが判明したのです。また、アミロイド前駆蛋白質をアミロイドβに変換する酵素の2つのサブユニットであるプレセニリン1とプレセニリン2も抑制されたと報告しています。

「末梢の単核白血球でアルツハイマー病の原因となる重要な蛋白質のいくつかが発現することがはじめて分かった」とDandona教授は述べています。

また、「インスリンはこの前駆体蛋白質に対し直接的に作用し、抗炎症作用をおよぼしている可能性があることや、今後の研究でこのインスリンの作用を確かめれば、インスリンがアルツハイマー病治療のための潜在的な治療薬としても利用できる」とも言っています。

しかし、課題はインスリンによる血糖値の低血糖作用を克服することと、インスリンを脳に直接作用させる鼻腔内投与の機構の解明にあると言っています。

つまり、インスリンは血糖値を下げるだけでなく、アルツハイマー病の原因物質ができることも抑制できるようになるのでしょうか、果たしてインスリンは、アルツハイマー型認知症の救世主なのでしょうか、それとも・・・今後が楽しみな研究です。

次回は、アルツハイマー病性感染症についてです。

新たな原因仮説、アルツハイマー型認知症の原因は真菌感染なのか?、、、を報告します。

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