斎藤幸平著、集英社新書、2020年
「人新世の資本論」の読後感想文です。
理系の私にとってはチト手ごわい文系の挑発的啓蒙書でした。物足りないかもしれませんが、その分短くできました。
「最後まで読んでくださった方なら、人類が環境危機を乗り切り、『持続可能で公正な社会』を実現するための唯一の選択肢が、『脱成長コミュニズム』だということに、納得してもらえたのではないか」と書いていますが、逆に言えば、「最後まで読んでくださらないと、この『脱成長』というラジカルな提言が納得してもらえないだろう」ことを著者は予期しているようにも聞こえ、実際のところ読者を啓発し、納得させるべく、幅広く深い論考を展開しています。
今まで公刊されていなかったカール・マルクスのメモ・書簡を読み解くことにより、従来の「資本論」とは全く異なる経済思想・世界観が開示されており、150年も先を見通したようなマルクス晩年の洞察力に感嘆すると共に、それを掘り起こしたこの新進気鋭の学者、斎藤幸平も凄いです。
私は経済学や思想・哲学の本格的教育・訓練も受けておらず、ただひたすら生物学・脳科学の狭い研究に閉じ籠もってきたこともあり、この社会学的学術書のような本書を正しく評価できるのか心もとなく、要点を纏めることですらギブアップです。
皆さん、是非この本格的な啓蒙書を読み解き、よく考えてください。
3カ月程前に、中村哲の「思索と行動」を取り上げました。著者の中村哲医師が、パキスタン奥地でのライ病患者の治療から始めて、思索・行動を拡げ、公衆衛生上の観点から隣国アフガニスタンでの井戸掘りを始め、更にはその地で生きる人々の為に生活用水・農業用水のための灌漑工事まで進めた事を知りました。
金や物を与える欧米流の慈善事業方式ではなく、その地に生きる人々と共に考え、共に実行する方法論は、本書が提示する、「コモン」(空気、水、土地等の自然資源のみならず、道路、電力等の共有財)を重視する、資本主義に頼らない地域的「コミュニズム」の考え方そのものなのではないかと気づかされました。
全力投球を要求されるような医師という専門職にありながら、それを超えた中村哲の生き様・全人性に感銘する一方、こんな人・人々がいるのならば、著者斎藤幸平の描く「コミュニズム」も絵空事でもなく、実現可能なのかもしれないと将来に希望を持たせます。
更にはインターネットで可能になった個々人の平等的、かつ水平的なつながりが、従来の政治家や官僚による縦社会的関係ではない普通市民の「コミュニズム」を可能にしそうです。勿論、この老いぼれた私自身に何ができるのかも考えさせられています。