~“ぼんやり”と何もしていない時の脳が認知症を緩和する~
デフォルト・モード・ネットワークとは、“ぼんやり”と何もしない時に脳が勝手に仕事をしてくれると言う脳内ネットワークの活動を言います。
私達の脳は、話をする、字を書く、食事を作る、服を着る、用を足す、薬を飲むといった意識的なことを行っている時だけ活動し、青い空や海に寄せる波、遠くの山並みを眺めながら何もせずに“ぼんやり”している時などは脳も休んでいると考えられてきました。
ところが、ワシントン大学医学部のマーカス・レイクル(Marcus E.Raichle)博士の研究(PETやfMRIを用いたニューロイメージング研究)によれば、“ぼんやり”している脳で驚くべき事実が明らかになりました。
実は、“ぼんやり”している時の脳で重要な活動が起こっていると言うのです。
今までは、“ぼんやり”している時には、ground state(基底状態)と言って殆どエネルギーを使わないと思われていたのですが、研究の結果、話をするなどの意識的な反応に使われる脳のエネルギーの20倍も使っていることが分かったのです。
70㎏の人が1日に使うエネルギー量は、約2000Kcalで、骨格に368kcal、肝臓が361Kcal、そして脳は337Kcalと言われています。
ところが、脳の337Kcalのうち話をする、食事を作るなどの意識的な活動に使われるエネルギー量は5%程度でしかないのです。20%は脳細胞の維持、修復に使われているので、残りの75%が実は”ぼんやり“している時に使われているのではないかと…レイクル博士は言うのです。
この脳活動を「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN:default mode network)」と呼び、複数の脳の領域で構成される最も大きな脳内ネットワークの一つだと考えられています。ゆえに、この大きな脳内ネットワークは、様々な神経活動を同調させる働きもあると言っています。
レイクル博士によれば、デフォルト・モード・ネットワークは、自動車が信号などで停止しても、いつでも再発進出来るようエンジンを低速回転でアイドリングさせているのと似ていると言います。
つまり、脳がこれから起こり得る出来事に備えるためデフォルト・モード・ネットワーク、が様々な脳の領域を繋ぐ脳内ネットワークの活動を統括して、アイドリング状態を保ち、いつでもシームレスに脳が活動出来るようにする重要な役割を果たしていると考えているのです。また、デフォルト・モード・ネットワークは、動機づけにより欲求が生まれた時に、その欲求を意識的な行動に転換する上で重要な役割を果たす脳内ネットワークだともいえます。
それだけでなく、最も興味深いのが、デフォルト・モード・ネットワークの異常を構成する主要な脳の領域がワーキングメモリー(前頭前野)や記憶(海馬)、意欲(帯状回)など、アルツハイマー病の萎縮が見られる脳の領域と重なっている点です。
しかし、先端的研究では”ぼんやり”している時の脳の活動を研究することによって、アルツハイマー病の人の意識や神経疾患を理解するための手掛かりになるのではないかと考えられているのです。
海辺で波の音を聴き青空に白い雲を眺め、紅葉の山々をみながら鳥のさえずりに耳を傾けながら”ぼんやり”することは、実は心地よいことで、脳の創造性のプロセスの一つでもあり、最も脳がエネルギーを使う時だとレイクル博士は言います。
fMRIの結果から、脳が意識して行動している時の血流量の検査では、後部帯状回と前頭葉内側の血流が減り活動を低下させているが、“ぼんやり”している時は逆に血流量が増し後部帯状回と前頭葉内側の領域が脳内で一番エネルギー量を消費していたことが分かりました。
そして、デフォルト・モード・ネットワークは意識する行動がすぐに出来るように他の領域と連携して脳内ネットワアークをアイドリング状態に保っているのです。
こうしたデフォルト・モード・ネットワークの研究の結果、ある脳の働きが見えてきたのです。
まず、最初に見えてきたのが、自己認識についての働きです。
つまり、自分自身について考えることです。この自己認識は、細胞レベルまでをも含み自己免疫力を高めます。
次に見えてきたのが、見当識の脳内ネットワークです。もともとは頭頂葉にその起原が有ると思われていましたが、自分が何処にいて何をしていると言う情報の認識は、まさにデフォルト・モード・ネットワークにおける記憶で海馬の役割と言えるからです。
アルツハイマー病には自分忘れ(自我意識の希薄化)が有ると言われています。
これは見当識がひどくなり自己の存在感も薄れて、自分の年齢や名前さえ忘れることを言いますが、“ぼんやり”している時は自己の心のペース(感じ方、考え方、安心の仕方など)に合わせ、自分なりの生き方が続けられる時でもあるのです。
つまり“ぼんやり”とは自己実現の意識化に通じるものと考えられるのです。
海を見て、思い出にふける、まだ覚えている時を重ね合わせ拠りどころにしながら安心感につながる良い刺激になるのです。
また、アルツハイマー病の人では起る事柄を次から次に忘れるので、一貫した連続性を自覚する“経過”時間の把握が障害されています。
ここへ来てどのくらい時間が経ったのか、“これ”と“あれ”の出来事はどちらが先なのかという時間の順序付けが困難になってしまうのですが、水平線に沈みゆく夕日を眺めては、夜の訪れを知る、森林の木漏れ日の中を歩くなど、生活の中に決まった“ぼんやり”する時間を与え、少しでも時間付けを得させることは、アルツハイマー病の人の情緒面に刺激を与え安心・安定が図れるのです。
残念ながら、デフォルト・モード・ネットワークに関しては、まだまだはっきりとしたことが分かっていませんが、
歳を取ってくると、デフォルト・モード・ネットワークの繋がりが変わり時間がかかってくるとも考えられており、そのため判断や反応に時間がかかるというのです。
また、デフォルト・モード・ネットワークがアルツハイマー病の場合は、繋がりが弱いことが分かっており、発病のトリガーとも言われているのです。
“ぼんやり”を調べることで、認知症の早期発見が出来るかもしれませんね!
認知症の方へのデフォルト・モード・ネットワークを活用した“ぼんやり”療法は“身体感覚”を通じて脳に情報を与える方法です。
まず3日間、手続き記憶として残るものを利用し指導します。優しいものから難しいものへ、単純なものから複雑なものへ、ヒントや手本を示しながら、昔の習慣的に認知して会得したり、体得した技術的記憶(手続き記憶)を使った日課を定期的に行います。昔の歌、趣味、運動など本人や家族から聴取し、ふさわしい状況を与えるとより効果的です。
そして、4日目は完全にオフの日として“ぼんやり”するのです。
寝るのもよいでしょう。海へ行ったり、山へ行くのもよいでしょう。近隣の公園へ散歩するだけでも有効です。なるべく人込みは避けて、ゆっくりとした時間を‟ぼんやり”過ごすのです。
そして、戦略的にデフォルト・モード・ネットワークを活用して翌日から手続き記憶を利用した日課を、再び3日間行い翌日は‟ぼんやり”と過ごすのです。
これを繰り返すことで、残存能力を引出すことが出来ます。
ただし、個人差が有るので、しっかりとした生活のリズムを作ってから、その方のペースに合わせてデフォルト・モード・ネットワーク“ぼんやり”療法を行ってくださいね。