2019年 認知症高齢者が今持っている力を的確に見出す意義と、その方法論

認知症高齢者研究所 羽田野政治

【認知症の介護では「今ある力」を的確に見出すのが有用】

老いていくことは避けられませんが、皆、末永く「生きるだろう」という希望は持てるようになってきたようです。しかし、出来ることが減り出来ないことが増える老化は筋力や精神面が衰えてくるだけでなく、記憶の低下から物忘れも激しくなってきます。

引っ込み思案な老人が、細かいことばかり気にかけ部屋に落ち着いていることが出来ず廊下を何度も行き来している様子を見ると、ほとんど手つかずのまま残されている大きな謎が認知症であることを痛感させられます。多くの認知症の人の介護現場に従事しながらこのような自体をしばしば経験すると認知症の方を介護するには、まず、認知症の人が今持っている力を的確に見出すことが、きわめて有用であると思っています。

そのためには、健常な脳において営まれている、記憶や忘却、認識、あるいは判断や注意といった高次脳機能の仕組みについて正確な知識を持つことが必須です。なぜならば、認知症における様々な症状は、それらの脳が営んでいる機能の異常として理解しなければならないからです。

ここで、重要なのは、認知症を惹き起こす脳の病気においても、一般に高次脳機能の全てが障害されていくわけではなく、アルツハイマー病のように脳の萎縮性変化や血管性変化など脳の病気による生体の変化(原因脳病変)によって失われていく機能と、原因脳病変が及ばず失われずに保たれる機能とがあるということです。これを「今ある力」と呼びます。

認知症高齢者が呈するさまざまな症状は、失われた機能と保たれている機能とのバランスの上に出現しているので、認知症の介護を進めていくためには、自立を促しながら適切に支援するために「今ある力」をフル活用して、失われた機能を補っていく工夫がきわめて重要になります。

【症状の発症メカニズムを正確に理解する人工知能】

さて、最近は新たな人工知能AI(artificial intelligence)が次々に到来し、それがもたらすものには驚かされますが、記憶や学習、推論、判断など高度な作業に必要不可欠となる人間の知能をコンピューター上で人工的に構築し、これまで人間が脳内で行ってきた作業を再現する仕組みである人工知能AIは、どこまで認知症介護を補完してくれるのでしょうか。

私の目の前で次々と示す、激しい物忘れや、繰り返し現れるじつに様々な異常行動から、認知症介護において大きな問題となるのは、高度な物忘れであり、行動・心理症状BPSDといわれる問題行動で、これらの現象に対してどのように対応していくかということが、認知症介護の最大の難問と思っています。

そのためには、認知症の人の示すさまざまな症状の発症メカニズムに対する正確な理解が必要です。認知症は脳の病気によって惹き起こされる脳の機能障害ですから、一つひとつの症状には、それに対応した脳機能の異常が潜んでいるのです。ですから脳の働きと異常を起こしている原因はなんなのかといったメカニズムをよく知れば、一見、手に負えないように思われる奇怪至極な混乱状態も、脳機能障害にもとづきどんなことが起こっているのか、今後どんなことが起こるのか、自分で行えることはなにかなどを正確に理解することができ、それに対する、理屈に合った科学的な対策を考えることが可能となるのです。

【認知症ケア支援システムKCIS】

そこで、まず、認知症の人が今持っている力を的確に見出すため高次脳機能の仕組みについて知識を持たなければならないわけですが、そのような知識を持つことは並大抵ではありません。そこに登場したのが常に寄り添って適宜適切に認知症ケアをサポートしてくれるのが認知症対応型健康管理支援システムであるKCIS(Kyomation Care Interface System)です。

KCISはAR(Activity Recognition行動認識)といわれる一日の時間をどのように使っているのかをIoTデバイス(音源探知、嗅覚特定機能、顔認識、自動識別、自動対処、自動通知、側距機能、バイタルセンサ、環境センサ)によって24時間行動や生活習慣を見守りデータ化します。さらにICTを活用したスマートフォンやタブレットを使ってタップや音声で入力される生活支援記録法(F-SOAIP)の介護記録と統合し、一日の時間をどのように使っているのか、何時に起きて何時に寝るのか、出来ることは何か、出来ないことは何かを認識し照合して生活リズムとADLおよび認知症状態を把握して、自分で行えることや物事に対する理解力を取り戻して喜びや自信へとつなげていく認知症対応型のAIシステムです。

また、KCISによりBPSDの発症や時期を予測し環境を整え適切な対応方法を提案することもできます。

私が、昨年総務省(平成29年度IoTサービス創出支援事業「認知症対応型IoTサービス)の実証事業でKCISを使って認知症介護へ応用したところ、BPSDの大部分は思っているより、ずっと予測できたことで早期対応が可能になり介護負担も軽減されたのです。たとえばアルツハイマー病の人のAR(行動認識)によれば、施設内生活の中では同じパターンが繰り返し生み出され、このパターンによって、行動や心の動きに同じような変化が出てくることもつかめてきました。

これは、コミュニケーション能力を持つAIによって導き出されたものです。私は、これこそが、今後20年で認知症ケアに最も影響を与える発展であり傾向、方向性、原動力のひとつになると考えています。

もちろん、それは、すでに始まっています。現在は、AIから「人の知性」に近い思考を持つ人工知性AM(Artificial Mentality)に成り始めているのではないかと考えています。KCISでは、人間では気づけない変化をIoTセンサと連携してAM人工知性を構築しようとしているのです。今後、KCISは、もっと特化したものになっていくでしょう。

私が、KCISを活用してやろうとしているのは、できるだけ多くの種類の‟気づき“をする人間的思考を作り出すことなのです。そこで、生活支援記録法(F-SOAIP)を採用してAIエージェントとの会話を整理して記銘することで、AIはより整理された情報を認知・認識できるようになりました。

【自然言語解析で認知症の人の気持ちが分かる】

認知症の人は体力の衰えによりできないことが増えると多くの喪失感を抱き生活意欲が減退していきます。そのようすは日常生活で交わされる話し方に叙述に現れてくるのです。認知症の人は話し方に症状が現れやすいので人や物を指し示す代名詞に対して、事物・場所・方角などを指し示すのに用いられる「あれ、これ、それ」などの指示代名詞「こそあど言葉」が頻回に会話の中に現れてくるのが特徴になります。

また、常同症といわれる同じ内容の言葉などが持続的にくり返されたり、同じ内容の言葉を過剰に反復したり、何度も同じ質問をする等が比較的に会話内に表層するのが特徴なのですが、そのためには会話を書き起こしてデータ化を行うことが必要になります。それを容易にしたのが箇条書きで記録できる生活支援記録法だったということです。この記録法によって話し方の特徴を定量化することが容易に出来るようになりました。生活支援記録法に入力された会話はAIの自然言語解析により文字化され、さらに言語解析アルゴリズムによって単語分析や構文解析および意味解析が行われます。


たとえば、形態素解析とは文章における最小単位(単語)で区切るためのもので、単純に単語を抜き出すだけでなく、抜き出した単語の品詞や原形などを併せて求めることができます。単語が変形した場合においても同一のものとして解釈することが可能なので、形態素解析により抜き出した単語の原形をキーワードとして処理を行うことができます。これにより単語から意味を解析および理解出来るようになったのです。そして、認知症の人から表層される指示代名詞や常同語の頻度から意図を解析していきます。

まず、形態素解析により、名詞・助詞・動詞等の会話構成を解析していきます。解析した結果から、会話を数値(ベクトル)に変形させ演算が出来るようにし、その特徴をまるごと数式で表すわけです。

一方、日本語では助詞「が」「に」「を」によって名詞の持つ役割を表すことが多く、「連れて行く」という動作に対して「動作主は何か」「その対象は何か」「場所は」といった述語に対する項の意味的な関係を各動詞に対して付与する傾向にあります。

私がAさんを食堂に連れて行きますの「私」+「が」=主体:私、「Aさん」+「を」=対象:Aさん、「食堂」+「に」=場所:食堂というように名詞と述語の関係を解析する述語項構造解析(同じ述語であっても使われ方によって意味は全く異なるため)「私が」「Aさんを」「食堂に」「連れて行く」の4つの文節に分け、前の3つの文節が「連れて行く」に係っているとAIは判断するのです。


また、「連れて行く」という出来事に対して前の3つの文節が情報を付け足すという構造になっている傾向から、生活支援記録法のObjectiveをFocusやAssessmentに分けて記入することが出来るので介護の中で当り前に話している通常の会話や叙述的に書かれた介護記録も生活支援記録法のF-SOAIPの項目毎に記録することが可能となってきているのです。これは、介護記録に時間を有していた介護職の業務軽減や多職種連携に役立つだけでなく、一日の時間をどう使っているのかを把握することで「今ある力」を用いて日常的なレベルをある程度保つようにPlanに盛り込むことも可能になります。

【認知症の人の意志を伝える】

しかし、自然言語解析では実際に表現された単語とその意味が「1対多」の場合が数多くあります。

認知症の人は生理的にも老化現象が生じてくることから、自分の体を動かすことなどが少なくなってきて、それに伴い自分の意志を伝えることも出来なくなってくると「今ある力」が急激に低下し身体面だけでなく精神面にも影響がでて全身の機能低下を起こしてくるのです。

認知症の人の気持ちを明らかにするためには、自分の意志をいつまでも伝え続けることでもあるのです。「今ある力」とは失った日常生活上の生活能力を介護者が代行するのではなく、本人の意志のもと保たれている機能を活用して、できる範囲内で日常生活を自分で営めるようにすることなのです。そのためにAIは認知症の人の「心」を補完して介護者に伝えることを使命としているのです。

そこで、認知症の人の意志を伝えるため、語義曖昧性を解消しなくてはなりません。「同じ言葉で複数の意味を表現できる」「比喩や言い換えなど、豊富な言語表現が可能になる」といった利点は日本語にはあるものの、AIで自動処理する際は非常に厄介なのです。そこで述語項構造解析といって他の単語との関連によって、意味を絞り込む解析を行うのです。

認知症の人の意図を解析する手がかりとなる単語とその単語から推測される意味との結びつきをしなくてはなりません。

そこで、すでに過去の介護記録から付与された文章データから機械学習によって自動的に獲得していきます。ただ、このような正解データを作成するのは時間・労力がかかるため、介護者の協力がまだまだ必要なのです。しかし、現在は、いかにして少ない正解データと大規模なテキストデータから学習する手法が進められているのです。

くわえて認知症の人の感情分析では基本的に、コンテンツを肯定的・否定的の2つに分類します。

単語ごとに肯定的か否定的かが示された辞書を用意し、文章中に現れる表現ごとに感情を判断していきます。「おいしい → 肯定的な表現」「まずい → 否定的な表現」のように、ただ、こうした単語を分類するためのコーパス(辞書)を作るのは非常に手間がかかるため、各文書に肯定的と否定的のラベルを付けた正解データ(上記の意図解析のように)をあらかじめ作り、機械学習で解析し教師データを作ります。また複数の分類を組み合わせるたり、肯定的・否定的に中性を加えた3つの分類などをくわえ学習して意図を解析し認知症の人の感情を分析することを進めています。

これにより、自分でできる行為を意思表示できるため、それに対しては「見守り」を行い,自分達のペースを尊重してできるまで「待つ」ことは「今ある力」を確実に維持することを可能にすることが出来るでしょう。

【AR行動認識によって「今ある力」を維持する】

このように言語が数値化できれば、複数のIoTデバイスから感知された日常生活の計測パターンと相関させ評価していくことが可能になり、認知症の人の振る舞いを見守って、前日の同時間(過去データ)と比較しながら複雑な行動をチェックし、認知症の人の好みを含めたニーズを(Learning)学んでいくことが出来ます。たとえばベッドから起きて顔を洗い食事をするために移動している状態をビジュアルセンサー(動きを追うことが出来るセンサ)で感知しAR行動認識していくことで、一日に時間をどう使っているのか、今日は何をどのくらいしたか、何時に起きて何時に寝たのか、トイレに行った回数とバイタルサインを確認し照合して生活リズムを作ります。そして出来ていること出来なくなったことなどの「今ある力」をADL(日常生活動作)評価表を活用して判定していくのです。

AIは学習していくことで認知症の人の行動を認識し、先を予測して環境を整え介護者にケア方法をレコメンド(推奨)していきます。今まで蓄積された認知症高齢者の言動や行動を、自然言語解析を活用して導出し、生活支援記録法から得られるBPSDの可能性を示唆する言動や、スクリーニングテストの一種であるNPI-Qより得られるBPSD症状の可能性を示唆する言動等よりコーパス(辞書)化を行い、IoTデバイスから得られたビックデータからベクトル量を基に、定量化することで、BPSDの発症を時間軸で予測していくことができるようになることで、予測介護により負担を軽減し認知症の人も自分の意志を伝え諦めず努力して最期まで「今ある力」を、維持することに挑戦していただきたいと思います。

参考文献

羽田野政治 根拠に基づく新しい認知症ケア「キョウメーションケア」でBPSDが緩和する 中央法規

羽田野政治、嶌末憲子、小嶋章吾IoT活用と生活支援記録法(F-SOAIP)搭載の認知症対応型人工知能KCIS―BPSDの発症予測に基づくケアの最適化と効率化の実証研究―、地域ケアリング、20(8)、90-97、2018年7月

羽田野政治、嶌末憲子、小嶋章吾、ICT/IoTによる認知症ケアのイノベーション~KCISへの「生活支援記録法」導入によるCPS化の実現~、地域ケアリング、18(12)、92‐97、2016年11月

出典 医療と介護next : 地域包括ケアをリードする 5(4), 312-318, 2019メディカ出版認知症「今ある力を見つけて伸ばす」

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