Science(サイエンス)は、日本語に訳すと科学と訳されますが、私たちの認知症高齢者研究所では自然科学を意味しています。
また、認知症ケアの本質を探る場合においては自然科学的知識と位置付け、根拠に基づくKyomation Care(キョウメーションケア)の体系の根幹にもなっています。
今回は、ストレスと記憶力や学習能力の関係についての研究です。
アメリカ国立加齢研究所(NIA)のMark Mattson博士らにより副腎皮質から分泌するストレスホルモンのコルチゾール(cortisol)の濃度が上昇すると学習や記憶力を司る海馬機能が低下することがNature Neuroscience(2008.11)に記載されてから、早くも9年が経ちました。
また、別の方向からストレスホルモンを見ると、糖質コルチコイドと呼ばれる副腎皮質のグリココルチコイド(glucocorticoid)は、副腎皮質ホルモンの1つですが、その働きは糖質、蛋白質、脂質、電解質などの代謝や免疫反応、ストレス応答の制御に関わり、濃度が正常に回復すると、なんと海馬の新しい細胞を構築して、再び機能を回復する可塑性を獲得すると言われているのです。つまり記憶力が回復するという可能性が示唆されたと言うのです。
また、コレチゾールは副腎皮質ホルモンであるグリココルチコイドの一種で別名ヒドロコルチゾン(hydrocortisone)とも呼ばれています。
もともとグリココルチコイドには、コルチコステロン・コルチゾン、そしてコルチゾールの3種類があり、コルチコステロンは、副腎皮質で合成されるステロイド系ホルモンで、新陳代謝の制御や免疫反応等に関与しています。
コルチゾンも、ステロイドホルモンの一種で副腎皮質ステロイドに分類されています。
機能に関していえば、扁桃核がストレス刺激から危機感を感じると、視床下部に連絡、脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモンを分泌、副腎でコルチゾールを分泌して認知症の原発でもある不安や自律神経障害、抑うつ、もの忘れなどのストレス反応を生むのです。
つまり、コルチゾンやコルチゾール、アドレナリンなどは人体がストレスに対して反応する際に放出されるホルモンで、血圧を上昇させ、危険が迫ると体を闘争又は逃避反応に備えさせる働きをしているという訳です。
さらに、Matteson博士らの研究では、命の安全が脅かさすような出来事、天災、事故、犯罪、虐待、配偶者との死別などによる強い精神的衝撃を受けるなどの過剰なストレスを受けると、多量にコルチゾールが分泌され脳の海馬を萎縮させることが、PTSD(心的外傷性ストレス障害)の脳のMRI画像などから分かって来たと言っています。
また、PTSDは非常に認知症の発症に関与していることも分かっています。
つまり、海馬は記憶に深く関与しているため認知症の発症にストレスホルモンであるコルチゾールが深く関与しているということなのです。
PTSDとなるストレス障害には事故や災害などの急性トラウマや虐待やいじめなど繰り返し加害される慢性の心的外傷が有ります。
また、地震、洪水、火事、戦争や人災、テロ、監禁、嫌がらせ、モラハラ、家庭内暴力、強姦、体罰など生命が脅かされたり、人としての尊厳が損なわれるような多様な原因によって生じると言われています。
認知症の方をRDR(Retrospective Date Research)を用いて生活歴を調べてみると夫が退職し生活面や経済面で精神的に不安定になり、不眠などの過覚醒症状を訴える方が少なくないことや配偶者や息子、娘、嫁や孫などから虐待や嫌がらせ、家庭内暴力を繰返し加害される慢性の心的外傷を受けていたことや、心的外傷に対する回避傾向が生じていることも分かっています。
後期高齢者の場合は加えて、配偶者との別れ、地震、洪水、火災、戦争などの体験などの一部が、追体験される傾向があり、強い衝撃を受けると精神機能はショック状態に陥り逃避傾向から認知症を発症しているようです。
このように、ストレス刺激を受け問題解決能力の機能に問題が起こると一部を麻痺させることで一時的に現状に適応させようとするため、記憶の想起の回避や忘却する傾向になります。また、継続して幸福感の喪失、感情鈍麻、興味・関心の減退、抑うつなどの症状が続発すると認知症を発症させるという訳です。
ですから、認知症予防にはストレス回避のストレスコーピングが有効と言えます。
ストレスコーピングとは、生活上の出来事や日常の“いら立ちごと”などのストレスに対する対処行動で、アメリカの心理学者Richard・S・Lazarus博士により提唱されました。問題を努力的に解決しようとする課題中心の問題焦点型ストラテジー(ストレスの原因となる事柄を実際に変化させてストレスを回避する方法)と感情をまぎらわせることによって対処しようとする情動焦点型ストラテジー(実際の状況を変化させるのではなく、それに対するその人の捉え方や感情を変化させる対処方法)の2つに分類しています。
看護現場では、患者の術前・術後などに広く用いられてもいます。
このストレスコーピング理論を認知症の方にも用いてストレス回避を行うことで、ずいぶんと行動・心理症状BPSDが改善されるのです。
また、NIAのRichard J.Hodes所長は「動物モデルを用いた今回の研究からグルココルチコイド濃度を正常に維持することにより、認知機能の障害を予防、治療するという新しい方法論の可能性が示され、今後の研究で神経系やホルモン、認知機能の複雑な相互作用がさらに解明されるだろうと述べています。
このグリココルチコイド濃度を保つ方法の一つが、ストレスコーピングと言えるのではないでしょうか?