私達の研究の一つに、単身・重度であっても在宅を中心とする住み慣れた地域で、認知症の方が生活を継続する事が出来る可能性を調査するシームレスケア研究があります。
そんな研究の中から、気象とBPSDの関係について調査した結果を「今月の認知症予報」と題してご報告しています。
今回は、認知症の人にとって水の果たす役割について報告します。
人間が生きるために必要な最低限のものに水があります。水は生命の源であり、私たちは水によって生かされているのです。
人間の体は60%から70%が水でできています。脳や受精卵など重要な部分は水の中に浮いているし、母親の羊水という水の中で命をはぐくまれた赤ちゃんは、約76~80%が水分で肌もみずみずしいのです。
しかし、成人ではその水分量は60%まで減少してしまいます。女性がある年齢を超すと保湿しなければならないという「お肌の曲り角」などは実によく水分量の減少を表現していますね。
さらに高齢者になれば55~50%近くに減少してしまうのです。加齢と共に肌がカサカサになっていくのは体の水分量が減っていくからなのですね。
つまり、私たちの一生は乾燥の歴史ともいえるわけです。
私たち人間の体は約100兆個の細胞からできているといわれています。
この細胞数は加齢や認知症では変わらないのです。
そんな人間の細胞の中では生命を維持するための様々な化学反応が行われていますが、細胞内に充分な水がないと、この反応がうまくいかなくなってしまうのです。
特に認知症の人などは、感覚機能が低下するため、たとえ体が水分を欲しても、喉の渇きを感じにくくなり、そのため水分摂取に積極的になることができず、全体として通常の高齢者より水分量が減少して脱水傾向になってしまうのです。
少し詳しい話をすると、実は水の働きは体内のタンパク質の構造を支えているわけで、水はタンパク質など生体分子を溶かす※溶媒として働くとともに、※溶質の分子またはイオンなどの周囲に数個の水分子を引き付けて結合し、一つの分子集団をつくる「水和水」を行っているのです。
そして、この水和水がないとタンパク質は本来の機能を発揮できなくなってしまうのです。つまり脱水傾向にある認知症の人は、脳内で不要なたんぱく質が卵の白身のように凝固してしまうということです。
これが認知症の進行を早めている原因の一つでもあるわけです。
それだけではありません。水は細胞の構造も支えているのです。
例えば細胞保存ということを聞いたことがありますか、でも、食品などを保存するために私たちは「冷やす」という技術を使いますが、この冷蔵、冷凍技術をうまく使うと細胞を生きたまま長期間保存することができると聞くとわかりやすいかもしれませんね。
これが細胞保存です。
この細胞保存技術のメカニズムを明らかにすれば、生命活動を制御することもできるし、認知症の進行を妨げることもできるかもしれないのです。
最近では、「水で認知症が治る」という本まで出版されているくらいです。
その他に水は、酸素や栄養物を運び、血液は、細胞に酸素を運び同時に体内の毒素や老廃物を溶かし排出させます。この意味で、血液は体の大河とも言えます。
この作用によってアルツハイマー型認知症のβアミロイドも、脳の水分である髄液によって排出されるのです。
また、血液増大の要求に心臓から送り出す血液量が追いつかなくなると、脱力感、倦怠感、めまい、悪寒などの症状が起こり始め、夕暮から夜間にかけて「夕暮症候群」や「せん妄」も出現します。これも脱水によるものなのです。
つまり、体の代謝機能をスムーズに働かせ、熱を蓄え、体温を安定させるのはすべて水なのです。
そのうえ脱水傾向になると、異常な体温上昇により中枢神経障害を起こしたり、血液が固まらなくなったり、全身の臓器障害を合併したり、痙攣や、振戦、強いて言えばパーキンソン症状の悪化につながるのです。
簡単に言えば、体温が上がれば水は汗となり体温を下げるのですが、その機能に障害が起こると自律神経も障害され生活リズム(概日リズム)も崩れて認知症を悪化させてしまうのです。
良質な水は酸化した身体に電子を与え還元してもくれます。
通常は呼吸や食事により体内燃焼することで酸化し電位は上がるなど、水の質は体の健康状態を左右する大きな要因です。
飲料水も飲めば、数秒後には生体水に変わりますから、酸化されていない良質の水を取るべきなのです。
ですから、常にきれいな水分を補給することは非常に重要なことで、健康を維持するのには毎日水分補給をする必要があるのは、このためです。
しかし、水分の補給といっても、いつもジュースや清涼飲料水ばかりで糖分や塩分の取り過ぎになる認知症の人が結構多いのです。
前頭側頭型認知症などの方はこのような飲用を行います。このような水分の摂取を行っていると糖尿病や高血圧の原因になりかねません。
夏に汗を大量にかく場合や散歩の際には、汗で排泄される塩分や糖分を補うために体液に近いドリンクのほうが望ましいのはもちろんです。
人間の体が1日に排出する水分の量を合計すると、約2.3リットルにもなります。おもな排出分は不感蒸泄といわれる汗などとして感じなくても皮膚や呼吸を通して約1リットルが失われます。
そして、排尿や排便として約1.3リットル、1日の排出量とほぼ同じ2.3リットルの水分を飲水物から補給する必要があるということです。
75歳代の後期高齢者では、平均的な食事で0.6リットル、体内で作られる水といわれる食べ物を分解してエネルギーを得る際に0.2リットルの水分を摂取できるので、残りの約1.5リットルを飲料水から摂取するということになるのです。
この摂取量と排出量のバランスが崩れると、様々な症状が現れます。これをIN-OUTの逆転といいます。
IN-OUTが逆転され、水分が不足すると脱水症や熱中症、脳梗塞、心筋梗塞の原因になることはよく知られています。
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また、血液中の水分が減少すると、生体内では細胞外液と内液の移動によって循環機能に支障を来さないような体液を維持するような調整が行われるのですが、水分補給を行わないと、脱水による血液の濃縮のために循環不全を起こし、酸素や栄養素の運搬あるいは体温調整にも重篤な障害を起こすのが高齢者や認知症の人に多いのです。
また、過剰に摂取した場合は水中毒という症状が惹き起こされ、内臓に負担が掛り、体がだるくなったり消化不良を起こしたりすることがあります。
これは、体内のナトリウム濃度が低下するためで、失禁や失便、下痢や不潔行為などを引き起こすだけでなく、ひどい場合は死に至ることもあります。
一度に大量の水を摂取しないよう注意が必要です。
では、なぜ喉が渇くのでしょうか、尿、汗などの喪失量に見合う水分を適量摂取できれば、血漿浸透圧は一定に保たれますが、水分摂取量が不足すると血漿浸透圧が上昇し、尿が濃縮され、喉が渇くのです。
日常の生活でも山の湧き水のようなおいしい水を飲めればと思いますが、都会の水道水はカルキの臭いが強くてお世辞にもおいしいとは言えません。
水道水でもちょっとした工夫でかなりおいしく飲めることが分かっています。
ポイントは水の温度です。厚労省の「おいしい水研究会」の研究では、水道水でも冷やすとかなりおいしく感じられるそうです。
飲み水の適温は10℃から15℃で、実はおいしい水の一番の条件は水の温度です。
この10℃から15℃という温度は山の湧き水の温度に近く電位にも相通じるものです。これは、通常、水道水の電位は極度に酸化した状態なのですが、冷やされた水は人の舌の電位である-100mV前後になるので、-100~+100mVの範囲に入りおいしく感じるからです。
実は、この範囲の水を飲用することは、利尿作用も増し血液が浄化されることになるのです。また、水の浸透圧も高くなり、ミネラルの溶解度が著しく増すので、定期的に飲用すれば体内の酸化部に作用し、体質の改善効果にもなるということですね。
それに認知症の人にとっては、神経伝達物質の流れを良くし、自己免疫力を高め、病気からも守ってもくれるのです。
その他にも水がおいしいための条件は適当なミネラルと二酸化炭素が含まれていることです。
水の中に溶けているカルシウムとマグネシウムの合計が多い水を硬水、少ない水を軟水といいますが、日本の場合はほとんどの地域が軟水です。
同じ軟水でもマグネシウムよりもカルシウムの量が多いほうが水はおいしいといわれています。
水の中には他にナトリウムなどの鉱物質が溶け込んでいますが、水1リットル中におよそ100mgのミネラルが溶け込んでいる状態が最もおいしい水といわれています。
また、水の中に二酸化炭素が十分に溶け込んでいると、さわやかなおいしい水にもなるそうです。そして、生活の中で効率的な水分摂取を行って認知症の進行を抑制してください。
水分摂取の方法として、一気にたくさんの水を飲むのではなく、1回コップ1杯程度、約150~250ミリリットルの量の水を1日6~8回飲み、1日の必要量、約1.5リットルを補給するというように心がけてください。
朝起きたとき、散歩で歩いた後、アクティビティをするとき、入浴後、就寝前などにこまめに水を飲めば、水分不足に陥ることなく、また水の取りすぎで体に負担をかけることもなく、疲労回復や健康維持に役立てることができます。
なぜならば、朝起きたときは私たちの体は、寝ている間に皮膚や呼吸を通して水分を失い、水分不足に陥っている状態です。血液中のミネラル濃度も高くなっているため、朝一番の水分補給は重要であると考えられているからです。
それに、散歩をするときや徘徊時は、大量の汗をかき、水分はもちろんナトリウムなどのミネラルも体から失われてしまいます。
体重の2%の水分を失うと軽い脱水症状に陥り、動作反応の低下や食欲喪失や抑うつなどの症状が現れ、意識障害に陥り寝たきりになってしまうのです。
例えば体重50キロの高齢者であれば、250~500ミリリットルの水分量が欠乏しただけで意識がおかしくなり認知や記憶障害が顕著に出現してくるということです。
さらに、適切に水を補給しないと、けいれんや振戦などを引き起こしかねません。ミネラルや糖分を十分にとる必要がある場合は体液に近い水を、糖分濃度を抑えたほうがいい場合はスポーツドリンクをミネラルウォーターで薄めたものを摂取します。
また、入浴時の水分補給では、入浴による発汗で、私たちの体は水分を失っています。入浴後には水分補給をすることが大切です。
最後に、就寝前の水分補給ですが、朝起きた時と同じように就寝前の水分補給も大切です。
これにより睡眠中の水分不足による血液中のミネラル濃度の上昇を防ぐと考えられているからです。
私たちも認知症の人と同様に、朝一番に飲む水は、身体を目覚めさせ、胃や腸の働きを活発にするといわれているのですからこまめに水分補給を行ってくださいね。水分が不足すると肌は乾燥して荒れ、便秘の原因にもなりますから・・・喉の渇きは脱水が始まっている証拠です。渇きを感じてから水を飲むのではなく、渇きを感じる前に水分を取ることが大事なのですね。
※溶媒と溶質
溶液とは液体状態の均一な混合物で、一つの液体に他の物質(個体・液体または気体)が溶解して溶液ができたと考える時、元の液体を溶媒、溶解した物質を溶質という。