Science(サイエンス)は、日本語に訳すと科学と訳されますが、私たちの認知症高齢者研究所では自然科学を意味しています。
また、認知症ケアの本質を探る場合においては自然科学的知識と位置付け、根拠に基づくKyomation Care(キョウメーションケア)の体系の根幹にもなっています。
そして、Science Park(サイエンスパーク)では、認知症高齢者研究所が独自に集めた認知症ケアに必要な情報や研究、開発などから、認知症ケアに必要なアイデア・ソース(対人援助技術やケア方法の発想)として活用して頂けることを願って情報公開しています。
今回は、認知症高齢者の指しゃぶりケアについてです。
指しゃぶりは、異食という認知症の行動・心理症状の一つといってもよいかもしれません。
指しゃぶりは人間にとってどんな意味があるのでしょうか、赤ちゃんの場合は、生後2~3ヶ月頃から指しゃぶりを始めるようです。実際は、お腹の中で無意識に指しゃぶりをしていることは超音波検査で分かっています。
指しゃぶりは吸啜反射(きゅうてつはんしゃ)と呼ばれる原始反射です。
原始反射には、手のひらに指を入れるとギュッと握る把握反射(はあくはんしゃ)や音の刺激などに反応して上肢を大きく開き抱きつこうとするモロー反射。
赤ちゃんの口元に小指や乳首などを持っていくと吸いつく吸啜反射などがあります。
基本的に、全ては新生児に見られる中枢神経の発達時の反射で、成熟の評価にも用いられています。これらの行為は最低限生きるために必要な反射とも言われているのです。
そうなると、認知症の方では、中枢神経の衰退から起こっている、生きるための反射ということになるわけでもあり、吸啜反射という認知症の人が生きていくための水分や栄養補給を自らするがための実意識の行動であり、口に触れたものなら何でも吸うという本能的な機能から起こってくる行為ということになるのではないでしょうか。
実は、アルツハイマー型認知症の末期に起こる失外套症候群と呼ばれる前頭葉を含めた大脳皮質全般の広範な障害から起こる症状に、開眼したまま臥床していたり、視線は一点を凝視し、あるいは固定せずにあちこちと動いたり、話しかけても、触っても、物を見せても反応はしないようになります。しかも自発的に話すことも、認識することも、意味ある行為も出来ないのですが、嚥下運動だけは保たれているため、吸啜反射や把握反射などの原始的反射は立派に残存しており無動性無言症状でも現れるのです。
これを別名クレッチマー症候群とも呼びます。
病態は前頭葉から帯状回前部に及ぶ両側性病変で、脳幹部では、中脳、松果体、第三脳室壁、視床、視床下部が含まれ中枢神経に関わった障害です。現在でも明確に区別することは困難ですが、新生児に見られる吸啜反射との関係は歪めないということです。
だとすると、吸啜反射が、それまで泣くこと・飲むこと・寝ることだけを繰り返していた赤ちゃんが出会う最初の遊びと考えると、遊んでいる最中に偶然自分の手が口に触れたことでゲンコツを吸い、やがて指を吸う、そうして赤ちゃんは自分の手や指を認識し、ママのおっぱいを吸うことと同じように何かを吸うということに“安らぎ”を覚えるようになると考えることが出来ます。
では、この考え方を認知症高齢者に当てはめてみると、まさに最期まで残された認識であり指をしゃぶることで“安らぎ”を得られ不安を軽減する証となると考えても過言ではありません。
であるならば、無理に指しゃぶりをやめさせる必要はありませんから、思う存分ゲンコツや指、そしてガーゼやタオルなどをしゃぶらせてあげて下さい。
指しゃぶりをすることは、決してお腹が空いているからする、と考えるのではなく指しゃぶりは“安らぎ”を得るなどの理由からするものなので、お腹が空いているからするものではないのです。
教科書通りに言えば「指しゃぶりは無理にやめさせる必要はない」ということです。
認知症の方が指しゃぶりをしている所を見つけると、すかさず指摘して注意したり、指に絆創膏を貼ったりリボンをかけたりしていることが多いのですが、そのようなことをしても認知所の方の指しゃぶりは治らず、逆に強いストレスを与え認知症状を助長するなど逆効果になってしまいます。
しかし、認知症の方の指しゃぶりの中でも気をつけなければいけないこともあります。
それは、このような時です。「1日中暇があれば指をしゃぶっているような状態」「睡眠中の無意識での指しゃぶり」「しゃぶっている総時間が長い場合」「指の皮がめくれたり化膿したりしている場合」です。
このような場合は、むしろ手を撫でたり、背中を鼓動に合わせて軽く摩ったり叩いたりして触れ、側にいるという“安心感”を与えると、指しゃぶりの回数はぐっと減ってきます。
つまり、眠いときや退屈な時にしゃぶっている程度であれば全然問題ないと言えるのです。逆に指しゃぶりをする方は、入眠障害である常同的離床行動の寝具めくりも少なく入眠も早く、中途覚醒やREM睡眠障害なども少ないと言われています。
指しゃぶりって、そういう意味では精神安定剤的役割が強いものなのかも知れません。
認知症の方が寝ている時、無意識に指しゃぶりをしている時は、きっと幼いころの母親のおっぱいを吸っている夢を見ていると思いやり、そっと見守るだけでよいのです。
そんな中、注意が必要な指しゃぶりへの対応には、どのような方法があるのでしょうか。
一日中暇があれば指をしゃぶっているような状態の場合やしゃぶっている総時間が長い場合は、上下の前歯の間に指1本分の隙間が出来ているかをまず確認します。
また、前歯の上下の歯が噛み合わない開口という状態かどうかも確認が必要です。
特に開口を見定められるには、寝ている時が観察しやすいので、指しゃぶりをする方には、睡眠中の開口に注意を払い確認しましょう。
開口になれば上下の歯が噛み合わず、食物を前歯で噛み切れず正常な咀嚼もできなくなってしまいます。
前歯の隙間から空気が漏れるために、言葉の発音にも障害が出る場合もあります。
このような場合は、口腔ケアをしっかり行い、口内炎や歯肉炎はないかなど歯科医師と相談し、歯の治療や入れ歯の修正を行うだけで指しゃぶりは、驚くほどに軽減されます。
また、認知症の方には、指しゃぶり同様に、口の中に常に何かを入れている異食と言われる行動・心理症状を惹き起こす方や、着ている服の裾やタオルの端、布団の隅などをしゃぶっている方も多くみられます。その殆どが上記の対応で軽減できるのです。
このように原始的反射を使った認知症ケアは多いのですが、ここでその幾つかを紹介しましょう。
吸啜反射に似ている反射で、追求反射というものがあります。子犬や赤ちゃんが口角や頬に乳首が触れると、それを追いかけるように探し口に含もうとする反射です。
加齢とともに認知症高齢者の食事量が減らないように、指で口角や頬に触れ、食塊を追いかけて探すような反射を繰り返すようにリハーサルを続けていると、重度になっても、最期まで自分の口から食事を摂取しようとする動作が残るのです。
また、認知症の方の場合は足の把握反射を利用して、多少寒くても、畳などでは裸足で過ごすことで、足裏を刺激にすることになり、脳によい刺激になります。足の親指の付け根を圧迫すると、5本の足の指をギュッと丸める屈曲動作のバビンスキー反射が起こります。
このような刺激や反射を使っても認知症の進行を防げる立派な認知症ケアなのですね。