人は、見るだけではなく聞いたり触れたり味わったり嗅いだりして、外からの刺激に“共鳴”しながら同感の念を持って寄り添い生きている。その世界を感じとるのは脳の働きににある。
キョウメーションケア(Kyomation Care)とは2002年、カナダのトロントで行われた在宅看護介護国際学会で筆者が初めて提唱した「医学・看護学・介護学に基づき認知症の人の思いに“共鳴”していくケアの仕組み」のことである。筆者は、約800万件のケア記録をベースに、認知症の症状の原因特定と予後予測を行いながらその人にあった最適な関わり方を多職種の連携で導くための考え方を技術として提案している。
知覚、判断、記憶、学習、運動などの高度な機能が働くためには、脳という複雑な情報系の必要な部位へ必要な情報が入力されなければならないが、認知症は脳の病気によって引き起こされた脳の機能障害の結果、不可思議な言動を作り出し、得体の知れない現象としか見えない。つまり、1つひとつの症状には、それに対応した脳機能の異常が潜んでいるということである。
だから認知症ケアにおいては、まず、脳の働きと病態メカニズムをきちんと理解することが重要となる。
そこで認知症ケアに携わるすべての方々に「認知症」という病気の実体と根拠に基づく認知症ケアとして「キョウメーションケア」を実践し、認知障害や生活障害が改善したり、BPSDが緩和した実際を報告していきたい。これにより認知症ケアにおいて直面している状況が少しでも改善することを、請い望むものである。
さて、一般的に行われている認知症ケアには介護職や医療職など数多くの異なる専門職が関わっているわけだが、これらの専門職の関わり方は、それぞれの領域から、それぞれの専門的見地で認知症の人を捉え、状態や問題を評価してサポートしているに過ぎない。
介護職は主として認知症の人が「人間らしく」暮らせるよう、日常生活動作を中心に心情的・経済的・常識的に介助し、保護的にサポートを行い「身体症状」に合わせて、より良く豊かな生活を営めるようにケアをしている。
一方の医療職は、障害されたある状態像に対し、治療的に「人間的な生活」を回復・維持・向上する「身体疾患」の経過をアシストしながら、リハビリテーションを中心に援助に当たっている。しかし、そうしたスタンスでは、介護職と医療職の間で密接な関わりを取り合うことは難しい。認知症ケアは、継続的アセスメントに基づく適切な食事内容の確保や服薬の確認、排泄時の清潔保持、心身の状況の変化の確認など見守りから支援、援助までをシームレスに対応することが不可欠である。そのため、キョウメーションケアでは介護職と医療職が一体となり、利用者ニーズに応じたアプローチを行うことを基本としている。
そもそも人間は障害のある・なしに関わらず、お互いの違いを社会で認め合いながら生きていくことは簡単なことではない。だからこそ介護・医療の専門職は、専門的倫理として「互いを認める」という人権尊重の立場を取ることが大変重要になってくるのである。
利用者ニーズに応じて必要な多職種チームが形成され、その時々に求められる介護や医療のサービスを提供することをIPW(interprofessional Work:専門職連携業務)と呼ぶ。IPWで認知症ケアを行えば、自立した生活が難しくなる問題の解消が図れ、焦燥、妄想、不安、徘徊などの行動・心理症状(BPSD)が起こる要因を分析することも可能になる。
とはいえ、「ただ連携しましょう!」と言うだけで可能になるものではないことも十分承知している。介護のケア現場は24時間365日の体制で停止することなく動いているわけで、介護現場の職員は必然的にチームを組んで仕事をせざるを得ない状況に置かれている。さらに、どの職員も「同じ質のケア」を提供することが求められる。
以前の認知症ケアでは、1人の人物の指示によりチームの中で与えられた役割を果たすことに重点が置かれていた。ヒエラルキー(階層構造)により、連絡はスムーズにできるが、自分の役割を限定してそれぞれが独立して仕事を行うため情報の共有は難しく、専門職種間の連携は弱かった。
そこで、キョウメーションケアでは各専門職が協働・連携して、チームの中で果たすべき役割を担いながら目的・目標を共有できるように、計画作成、計画実行、行動、介入に対する反応、結果評価、計画見直し、情報収集、情報分析というケアのPDCAサイクルを日常的に循環させながら、認知症と向き合っていくというケアを実践している。詳しくは、次回以降に述べるが、まず既存情報に基づき暫定プランを作成し、支援を開始する。その後、介護と医療の両側面からIPWによりアセスメントを行い、その結果を集約して本格的な自立支援のための認知症ケアのプランを立案し実践していくというサイクルになっている。
キョウメーションケアの最終目標は、認知症高齢者が豊かな生活を送ることにある。脳の働きと病態メカニズムをきちんと理解し、介護と医療の統合的なアプローチによって、その人に共鳴できるケア=必要なケアの提供に結びつく。認知症ケアのイノベーションなのである。(認知症高齢者研究所所長 羽田野 政治)
シルバー新報 2014年4月11日号より抜粋