★認知症高齢者の重篤な感染症を引き起こす。アデノウイルスとの戦い!★
Science(サイエンス)は、日本語に訳すと科学と訳されますが、私たちの認知症高齢者研究所では自然科学を意味しています。また、認知症ケアの本質を探る場合においては自然科学的知識と位置付け、根拠に基づくKyomation Careの体系の根幹にもなっています。
そして、Science Park(サイエンスパーク)では、認知症高齢者研究所が独自に集めた認知症ケアに必要な情報や研究、開発などから、認知症ケアに必要なアイデア・ソース(対人援助技術やケア方法の発想)として活用して頂けることを願って提案しています。
今回は、人類史上最高ともいえる戦争の「ある壮大な一戦」のお話です。
私たちの体内では健康な細胞が、実は毎日、一兆回もの戦いを繰り広げ、細胞は力尽きて破壊されていると聞くと驚かれるかもしれませんね!
では、その瞬間を垣間見ることにしましょう。
ここは待合室、10m先にたたずむ人が「くしゃみ」をしました。
数分後、ある1つのウイルスが体内の防御を破り、クローンの大軍を放ってきました。
その目的は増殖し、出来るだけ多くの細胞を破壊すること、それが結果的に病気や死を招きヒトを征服することなのです。
かつては目にすることのできなかったヒトの細胞の世界は、最新の研究を通して、その生死をかけた戦いを垣間見ることができるようになりました。
ヒトの体は、この生命の基本単位である細胞が何十兆も集まって出来ています。また、その種類は、200以上!それが脳や筋肉、臓器などを作っています。
一つひとつは非常に小さくて、押しピンの頭に四万個が乗るほどですが、今ではその小さな細胞の内側の複雑な世界の仕組みが、徐々に明らかになってきました。
かつて細胞の構造は、外皮とその内部、そして中心にある核からなる単純なんものだと思われていました。
しかし、実は大都市より複雑で、FS小説より驚きに満ちた世界だったのです。
そこでは特殊化された無数のタンパク質が、驚異的な構造を築き、細胞をうまく機能させています。
実は、タンパク質にはいろいろな種類があり、それぞれ独自の仕事が与えられているのです。その仕事を決めるのが、全ての細胞の核の中にある体内で最も重要な分子、※DNA「命の書」なのです。
この科学物質DNAの鎖が、目の色や身長、基本的な性格まで私達の何もかも決定しているのです。
また、細胞というこの大都市の電力源は、無数にある小さなエネルギー伝達体の※ATPと呼ばれる電池です。
このATP電池は、浮遊する発電所よりエネルギーを受けたミトコンドリアによって常に充電されています。そして、心臓の鼓動から、私達のあらゆる動き思考に至るまで、すべての活動にエネルギーを供給しています。
細胞は、常に外側から防衛隊によってチェックされているのです。
例えば、防衛隊といわれる白血球が体内をパトロールして、損傷や感染の兆候を探したり、細胞から状況報告を受けるなど、情報のやり取りをして防衛しているのです。
なぜならば、細胞は絶えず無数の敵から攻撃され続けているからです。
しかも毎日、一兆回に及ぶ戦いが行われているのです。
ここで、これから命がけの戦いに望む皮膚細胞の勇者ぶりを覗いてみましょう。
しかし、その戦いのきっかけは、あまり日常的な事で、私達には気付くこともありません。つまり、自覚症状は無いのです。
くしゃみで飛び散り、目や口、鼻などから別の人に入り込む何百万という侵入者!
実は地球創世記の30億年前から、私達の細胞を研究してきた強敵なのです。しかも、この侵入者たちは、シンプルながら狡猾な破壊マシーンでもあるのです。
名前をアデノウイルスと呼びます。
人に感染するアデノウイルスは、単なる風邪から肺炎まで様々な病気を引き起こします。
鎧のような殻の中には、非常に簡単なDNAマニュアルが入っています。
彼らの使命は細胞の防御を破り、核まで到達すること、核にたどりついたアデノウイルスは細胞のDNAを自らの「破壊を行うDNA」に置き換えるのがゴールであり使命なのです。
私達、ヒトの細胞は、DNAが置き換えられるのを阻止しようと手を尽くします。
今回、このアデノウイルスが標的にするのは、鼻の粘膜の細胞です。
しかし細胞にたどりつく前に、私たちの激しい抵抗をアデノウイルスは受けることになるのです。
まずは、警備隊である細胞と細胞の間をパトロールする白い物質の抗体がアデノウイルスに戦いを挑みます。
その仕事はアデノウイルスを見つけて中和することです。方法は敵を見つけるとその殻に結合して、アデノウイルス同士をつなげて自由を奪い、アデノウイルスを食べる巨大な防衛隊である白血球の餌にすることです。
抗体は警備の最前線で健闘しますが、アデノウイルスの数の多さは半端ではありません。つまり抗体だけでは守りきれないほどなのです。結果、抗体は戦いに敗れてしまいます。
そして、勝ち残った何十万というアデノウイルスが、皮膚細胞の表面に到着してしまいました。
いよいよ、アデノウイルスによる侵略の第二段階が開始されます。
アデノウイルスの大軍が細胞の表面に到着すると、ヒトも黙ってはいません。
第二の防衛ラインである高機能のバリヤーを張り巡らします。
細胞に有益な物質であると認識されないものは通過できないように、入国審査を行う膜の関所を設けるのです。
関所の審査内容は次の通りです。細胞の表面は、資質分子が連結した膜でできているのですが、水や酸素のような小さな分子はその膜を簡単に通過できます。つまりフリーパスなのです。
また、エネルギー源である糖の様な分子は、特別なポンプを通って中に入ります。専用通路があるということです。
一方、ほかの栄養素やタンパク質が中に入るのには、細胞の表面にある鍵穴に合う特別な鍵が必要です。つまりパスポートの携帯が義務付けられているということなのです。
アデノウイルスは何十億年と続く戦いの中で、この非常に特殊な鍵の複製に成功しました。つまり偽造に成功したわけです。
警備隊の抗体は、水際作戦でウイルスの持っている何千という鍵を使えなくしますが、すべてを見つけることは出来ません。
残った鍵は一つひとつ、細胞の表面の鍵穴で試され、やがてアデノウイルスの大軍が細胞内に忍び込んでしまうのです。
そして、細胞膜の内側では、重要な栄養素が来ると思い込んだタンパク質が間違ってアデノウイルスを受け入れる準備をしてしまうのです。
細胞の表面が内側に、上手く引き込まれたアデノウイルスは細胞膜に包まれて球の状態に変装します。
変装したアデノウイルスの球は、別のタンパク質によって細胞膜から完全に切り離され、細胞の奥へと運び込まれていきます。
もし、このウイルスが一つでも核に到達すれば、細胞は乗っ取られウイルスのクローンが大量に作り出されてしまいます。
ウイルスという破壊マシーンは、恐ろしい使命を果たすために必要なすべてを備えているのです。
今回は、アデノウイルスの大軍が、皮膚細胞をだましてその中に入り込みました。
しかし、ヒトの細胞もウイルスの行く手を挟む素晴らしい警備手段や防衛手段を数多く備えています。
こうしてアデノウイルスは、細胞内に運び込まれ、即座にエンドソーム(細胞外から取り込んだ物質の選別輸送を行う管状の構造をした細胞小器官)と呼ばれる部屋に閉じ込められ、輸送のために選別されます。
いよいよ、栄養素やタンパク質と同様に細胞中にうまく輸送され運ばれるよう処理され細胞核へ向かう準備が始まりました。
いわば牢獄のようなエンドソームからは逃げることは出来ません。
まず、第一段階として酸による分解が行われます。
エンドソームの壁に取り付けられている特殊なたんぱく質のポンプが、帯電した水素原子を取り込み、内部を強い酸性に変化させるのです。
この酸によって栄養素は、更に小さな分子に分解され、輸送や消化が楽になるわけです。
もちろん、この酸によりアデノウイルスの殻も崩れ破壊されるので、アデノウイルスにとっては、最悪の事態のはずですが、実はアデノウイルスはこの酸を脱出に利用するつもりなのです。
どこまで悪知恵が働いているのか、アデノウイルスの殻で最初に崩れるのは、細胞に結合する突起を支える部分なのですが、この部分が崩れることで、アデノウイルスの中から特殊なタンパク質が放出されるのです。
この奇妙な形をしたタンパク質がエンドソームの壁を破りアデノウイルスは自由の身となってしまうのです。
しかし、必ず脱出でるとは限りません。
別のエンドソームでは、多くの抗体がアデノウイルスの表面に付着し殻が崩れないようにガードし抵抗します。
こうして脱出に使われるタンパク質の放出を防いで、最終的に何千というアデノウイルスがエンドソームで破壊され死滅します。
しかし、残念なことにこの戦いに勝ち残り、まんまと脱出するアデノウイルスも多くいます。そうなるとアデノウイルスたちは、細胞内を自由に浮遊できるようになります。
エンドソームという牢獄から抜け出したアデノウイルスは、核に到達するという使命と目標に一歩近づいてしまうのです。
但し、私たちの防衛網もそんなに甘くは有りません。アデノウイルスの9割はこの先に進めないようにガードに入ります。
核までの距離はわずか5000分1mmですが、ウイルスにとっては百万Kmも同然です。
周りではあわただしく細胞の活動が行われていますが、実は、アデノウイルスは自力では動くことは出来ないのです。
浮遊する細胞の発電所ミトコンドリアで作り出されるエネルギーを使うことも出来ません。ヒトの体内の流れに乗って、ここまでたどり着いたアデノウイルスですが、ここから前に進むには助けが必要なのです。
ところが、アデノウイルスは、ここでも実に巧妙にモータータンパク質をそそのかします。
細胞膜のすぐ内側では、モータータンパク質という輸送を担うタンパク質がエンドソームで分解処理された栄養素を待っているのですが、モータータンパク質は適切な結合部のある分子なら、なんでもモーターの付いた脚で掴み微小管という細胞の幹線道路を通って最終目的地まで運ぶ運送屋なのです。
ここでもアデノウイルスは自分の正体をうまく隠して騙すことに成功しました。
何十億年に渡る細胞とのイタチごっこの中で、モータータンパク質を引き付ける正確な結合装置の偽造にも成功したのです。
こうしてモータータンパク質は知らないうちに、自力では動けないアデノウイルスを核へ向かわせる手助けをしてしまうのです。
次回は、1分間に6000歩も歩くモータータンパク質はアデノウイルスを、本当に核へ運んでしまうのでしょうか、核に運ばれたアデノウイルスは一体どんな使命を果たすのでしょうか、プロテアソームという酵素複合体の最終防衛ラインは、アデノウイルスの侵入を阻止できるでしょうか、なぜアデノウイルスは私たちの防御を破れるのでしょうか、敵との終わりなき戦いの続きをお話しします。
※DNA:deoxyribonucleic acidデオキシリボ核酸で、核酸の一型で、糖成分としてデオキシリボースを含有し、主として動植物細胞の核(染色質、染色体)およびミドコンドリア内に見出され、通常、蛋白と緩く結合(このためデオキシリボ核蛋白とも呼ばれる)している染色体や多くのウイルスの自己増殖成分でもある。
また、一般的には遺伝形質の貯蔵物質であると考えられており、その直鎖高分子鎖は3’-と5’-ヒドロキシル基間のリン酸基でエステル化されたデオキシリボース分子を含有する。
この構造にプリンのアデニンAグアニンGおよびビリミジンのシトシンCとチミンTが結合して、一般的なものは二重らせん状に構成されている重合体で、遺伝子の本体でありゲノムの遺伝子以外の構成部でもある。
※ATP:adenosine5’-triphosphateまたはadenosine triphosphate(アデノシン三リン酸)アデノシンの5’位の水酸基に3個のリン酸基が一列に結合したリボヌクレオチドで、細胞のエネルギー代謝の中心的役割を担う高エネルギーリン酸化合物である。ATPは多種多様な仕事に共通なエネルギー伝達物質であり、エネルギー通貨とも呼ばれている。つまりATPの供給停止は死を意味することになる。