心に残る今月の一冊

塩井純一

「死にたくはないが、生きたくもない」小浜逸郎著、幻冬舎、2006年

ショッキングなタイトルですが、初老期を見据える著者が、これからどう生きるかを模索しています。老後の生き方を扱う数ある類書と異なり、無理やりと思えるような元気づけに異議を唱えています。序章で徒然草を引用し「住み果てぬ世に、みにくき姿を待ちえて何かはせん。命長ければ辱(はじ)多し」と始めます。続く第一章は「生涯現役のマヤカシ」と題しており、その中の小タイトルを幾つか列挙すると「何をしても同じという感覚」「もう輝かしいことなどない」「雑事にかまけて生きる幸せ」「現世の欲望を否定せよ」「窓際族でいさせてほしい」「趣味に生きても虚しい」「趣味に漂うもの悲しさ」「漫然と過ごしたい人もいる」「ごまかしながら埋める時間」等々老後に対する否定的な人生観・厭世観が語られます。第二章「年寄りは年寄りらしく」では現今もてはやされている対策に対する批判が多々出てきま

す。小タイトルを挙げると「情熱をもう一度と煽られても」「私生活主義で何が悪いか」「あと何年生きたとしても」「長生きは素晴らしいという偽善」「アリバイ作りとしての敬老」「よく生きることなどできない」「元気老人の罪作り」「どうあがいても若さには勝てない」「みっともないぞアンチエイジング」等々があります。「『生き方上手』より『諦め上手』」はなかなか気の利いたスローガンと感心しましたが、残念なことに孟・荘・老子のような「諦観」哲学的な展開はありません。更にこの章では自殺に関しての論考もあり、「私が自殺しない理由」「なぜ自殺が罪になるのか」「死をえらぶことへの本能的恐怖」「周囲の人に申し訳ない」等の小タイトルが展開します。介護に関しても「介護の情景にざわつく心」の小タイトル下で「家族にせよ、職業的介護者にせよ、被介護老人に対して『もうこの人いい加減に早く逝ってくれないかな』と心の片隅でかすかにでも感じたことのない人というのはほとんどいないと思う。そう感じる人を誰も非難する資格はない」と鋭く指摘はするのですが、更に踏み込んでの背後分析や、じゃあどうすればいいのかには進んでいません。第三章「老いてなおしたたかな女たち」で男と女の違いや老人のセックスが話題になり興味はありましたが、省略。最終第四章「長生きなんかしたくはないが」で著者の高齢者としての生き方が提案されます。

「下り坂ゆえの自由」「自立した個人から降りる」「世間につながって生きる」等の小タイトルの下で、「いわゆる『自立した個人』によって構成される近代市民社会という像は、利害を調整して社会維持を保ってゆくために編み出されたーーー。そこでは理性的に振る舞う(べく)個人という単位が論理的前提とされている。だから情緒的なつながりというあり方は、あらかじめ視野外におかれる。だが、庶民の世界でじっさいに機能しているのは、馴染みという情緒的関係によって作られた無数のつながりであり、それを通じた日常のなかでの共感の世界、つまり『世間』である」とし、『世間』の具体例として常連客だけの行きつけの小さな一杯飲み屋の居心地の良さを紹介しています。「ことに高齢者になればなるほど、その意義は増してくる。職人にせよ、サラリーマンの嘱託にせよ、小売店にせよ、職種こそ違え、これに類する生き方をしている高齢者は、結構多い。毎日の慣習の力がそれを支える。ここで慣習の力とは、仕事を供給する側とそれを受ける側、またともに仕事をする仲間同士の互いの人倫的な関係を尊重する精神である。この人倫的な関係を尊重する精神がそのまま『世間』なるものの情緒的な土台となっている。そしてその限り、高齢者にとって、個と社会とのあいまいな中間領域に位置する『世間』というあり方も捨てたものではない」と『個人』『社会』『世間』について鋭い分析を展開しています。しかし、このような『個』を失った、村社会的『世間』は日本社会に顕著に見られる「同調圧力」「付和雷同」「空気を読め」「長いものに巻かれろ」につながっており、その息苦しさから脱出してこの米国に来た私としては考えさせられるものがあります。この体育会系の部活動みたいな『世間』観が現今の日大アメフットボール部の薬物問題や、ジャニーズの児童への性加害、宝塚歌劇団のいじめと、更にそれらの隠蔽につながっているのではないかの認識があります。地位も、力も、金もない老人にとっては『世間』の中に安住し、お互いを慰めあい、つるみたい心情は理解できるのですが、そのような老人が大多数ということになると、そしてそれが日本の高齢化社会の現実と思われるのですが、力のある地域のリーダーや政治家に絡めとられ、利用されるのではないかの危惧です。いや現実に進行しているでしょう。確かに西欧的な『個』に対する現代『社会』が深刻な個人疎外を生み出している問題はあると思われますが、封建制に端を発すると思われる旧来の弊害も多い『世間』を固守するのではなく、『個』を確立した上で疎外感を克服する次の段階への『(未来)社会』を目指したいものです。

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