脳と心~第1章 自己の同一性と記憶~

20170901私という一人の人間を、他者と分けるのは、それは知識や周囲の生活環境でしょうか?昔の自分と今の自分を同じ人物にしているのは何でしょう!

一人一人の自己を生むものは何なのでしょうか!

科学者たちはこの謎の解明に着手しています。

彼らが取り組まなくてはならない最後の未知なる領域のひとつ、それが脳です。

私の母は、私の衣類を買ってくると必ず、私の名前を縫い付けていました。

丁度ひらがなを習い始めた頃、洋服に自分の名前が縫い込まれていることがあまり好きではありませんでした。皆がそれを大声で読むからです。

しかし、好むと好まざるとに関わらず、名前は、自己を築く骨組みとなってきました。

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カリフォルニア大学バークレー校University of California, Berkeleyの児童心理学者アリソン・ゴブニックAlison Gopnik博士が研究しているのは、人が、いつ、どのように、自己を理解し始めるかという問題です。

私達は、生涯をかけて自己を確立し自分を理解していきます。

20170903しかし、そのもっとも重要な部分を学ぶのは、人生のごく初期であるとみられるのです。

大人であれば、今の自分と1分前の自分が同じ存在なのだと簡単に認識することが出来ます。

しかし、幼児の場合、その認識が流動的であることを発見しました。

彼らは、時間をかけて自分の存在を理解するのです。

子供たちは、遊びや、探索や、大人の真似といった日々の行動の中で、深遠な哲学的実験を行っているのです。

彼らは人間であることの証を探っているのです。

成長過程の最初に迎える大きな節目のひとつが、鏡像段階です。

子供は鏡に映る自分の姿を認識し始めます。

 

20170904鏡に映る顔や身体に引付けられるだけではなく、自分の動きと連動した一体感を獲るのです。

実験では、子供の鼻に青いインクをつけて、鏡を覗き込ませるのです。

1歳3カ月の子供は、鏡に鼻先が青い子供を見ても動じません。

それが自分自身の姿だと認識していないからです。

興味を示すのは、鼻の青い鏡の中の子供であって自分と関連させているようには見えません。1歳6か月の子供では、同じ実験でも、全く異なる反応をします。1歳6か月の子は鏡に映っているのが、自分だと認識するのです。これを自己発見といいます。

20170905そして、この鏡像段階は自己発見の長い旅路における第1歩になるのです。

 

しかし、この研究は子供の哲学的模索が、さらに続いていくことを示しています。

次に3歳の子供に、ケーキの箱をみせますが、中にはケーキは入っていません。見た目と中身が必ずしも一致するとは限らないことが理解できるかという実験です。・・・まず、3歳の子供に何が中に入っているかを尋ねます。すると「ケーキ」と答えます。

そこで、ケーキの箱を開けて中身を確かめます。

すると中に入っていたのは、クマのぬいぐるみでした

20170906箱を開ける前と箱を開けて最初に見た時、何が入っていると思ったか尋ねると。

ケーキの箱に、クマのぬいぐるみが入っていたことを知った自分は、中身がケーキだと思っていた自分と結びつかず困惑してしまうのです。

 

 

つまり、自分の考えが変化しても、自分が同一の人間であるという概念は、どうやら生まれつき備わっているものではなく、学習して理解するもののようです。

同じ実験を4歳児に行ってみます。箱を開けて最初に見た時に何が入っているかと尋ねると、ケーキの箱だけど中にはぬいぐるみが入っていると答えました。

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自己の同一性にとって重要なのは、幼児期、青年期、中年期、壮年期そして老年期、年齢と共に「今」とは違う考え方を持っていたことを認められることなのです。自己の同一性を認識できれば、自分の考えが変化しても過去の思考を忘れ去ることはないのです。そして、自分とは違う価値観を持った他者を理解し、じゅようすることができるのです。これを自己覚知と言います。

自己同一性や自己覚知によって、私たち人間の驚くべき「記憶」の扉が開くことになるのです。

20170908認知症の人のように、記憶に「ブレ」が生じ始めると自己の同一性や自己覚知が出来なくなり人間関係に支障をきたしはじめ、自分と違う価値観を持った人を否定し排除しようと焦燥感が強くなり、易怒性や興奮、拒否などの行動症状が現れてくるのです。「かみなりおやじ」の由来は、この自己同一性の欠如かもしれませんね

自分の思い、感情、考え方など、自分自身の捉え方は、記憶によって生まれるのです。つまり、この「記憶」の扉が、自己発見のための出来事記憶や意味記憶、手続き記憶になるのです。

5歳のころ住んでいた場所、通った小学校の教室や黒板、発表会で歌った講堂、バスケットボールの練習をした体育館、初めて胸の高鳴りを感じたあの頃など、記憶に刻み込まれているはずです。そして、いつでも思い出すことが出来る素晴らしい機能(能力)なのです。

 

 

20170909オークランド大学University of Aucklandの神経科学者Donna Rose Addisドナ・アデス博士は、記憶が形成される謎を解明しようとしています。

脳内にあるU字型をした海馬と呼ばれる器官です。過去半世紀の研究で海馬が記憶の保管を司っていることが明らかになってきました。

そのきっかけを作ったのが、ヘンリー・グスタフ・モレゾン (他の表記として”H.M.”、”Henry M”)はマンチェスター生まれの男性で、てんかんの治療のため、海馬を含む内側側頭葉を切除されたのをきっかけとして、重篤な健忘症が起こったことから、海馬機能の解明に大きな貢献をしたのです。

重い「てんかん」を患っていた彼は、1953年に革新的な治療を受けました。

海馬とその周辺の側頭葉組織を切除したのです。

術後てんかんの発作は、治まりました。しかし、HMは新たなことを記憶する能力を完全に失ってしまったのです。

「毎日が夢から覚めるようだ」と語った彼は、自分自身を一貫して認めることが出来なくなり、自己感覚が27歳のまま止まってしまったのです。

時と共に彼は、鏡に映る人物が誰だか分らなくなっていったのです。

つまり、わたしたちの日々の記憶は自己の形成にどれほど関与しているのかということです。

20170910HMは、脳機能と記憶についての理論の発展や脳損傷の研究で正常な心理機能の理解を目指す認知神経心理学の発展において重要な役割を果たしたのです。

これまで記憶の研究は、過去に重点を置いてきましたが、ここ数年、未来を想像する能力と記憶の関連に目を向ける研究者が増えてきています。

海馬と記憶が未来を認識するうえで果たす役割を調べるのは、まず、治験者から、回想しながら過去に戻ってもらい100件近い記憶を引き出してもらいます。

昔の友人のことや家族と海水浴に行った思い出、初めて人を好きになったこと、そして失恋など・・・

20170911各記憶の中で重要な人物やモノを挙げてもらいます。

帽子、車、海岸、恋人の瞳、空港、洞窟、名前・・・

1週間後、fMRIで脳の活動を画像化しながら、被験者に聴取したKeyワードを提示、但しここに挙げられたモノ・ヒト・場所のKeyワードは別々の記憶の中から抽出し、バラバラに組み合わせてあります。

被験者には、この「ごじゃまぜ」になった記憶のKeyワードを基に、これから起こりえる出来事を想像し物語を作るように指示します。

次に、提示されたモノ・ヒト・場所のKeyワードから、今後5年以内に起こりそうなことを想像してもらうのです。

被験者が未来を創造する間、脳の反応を計測しました。

意外にも過去の記憶の保管を司る海馬が、この時活発に働いていることが明らかとなったのです。

海馬は記憶を引き出すだけでなく、未来の出来事を想像するだけでも大きな役割を果たしています。

つまり、記憶は過去だけでなく未来の自分を認識するためにも重要で、自己の形成に欠かせないものだということです。

しかし、その記憶は、知らぬ間に、誰かに操られてしまうことも最近分かってきたのです。

私たちの自己同一性、自己覚知、自己発見、認識に誤りはないのでしょうか、記憶を操り、失ってしまった記憶を呼び起こさせ、認知症の治療を行うことが出来るのではないかと期待されてもいるのです。

ただし、認知症の治療に未来の出来事を夢のように見せることは効果があるでしょうか!

私達の記憶力は、驚くべきものです。

20170912人は平均すると一生のうちに10万語の言葉の意味を理解し、1,700人に近い人と知り合い、1,000冊以上の本を読みます。そして、これらの膨大な経験の蓄積から、それぞれが自己を構築するのです。

記憶のパターンも一人一人違います。

しかし、その記憶が書き換えられるなら、自己も変化するのでしょうか!

 

 

そこで、その一例として、

社会的圧力が自己認識に影響するかどうかの実験をお話しします。

他者の意見に合わせて記憶を変化させる時、私たちの記憶を司る能の信号は変化するのでしょうか、それとも単に同調しているだけなのでしょうか。

私達は社会的圧力で話を合わせることがあります。

しかし、自分自身の記憶までもが変化しうるものなのでしょうか。

数年前、権威者集団による社会的圧力によって別の記憶を埋め込まれ、人格を歪められた経験がありました。

20170913そこで、私は、ある実験をしてみました。

まず被験者を数人、同じ部屋に集めて、一緒に赤い風船の映像を見てもらいました。

その後、映像に関する簡単な質問に答えてもらい、一人一人の記憶をチェックします。

数日後、被験者は脳スキャナーにかけられた状態で、同じ質問に答えてもらいます。

この時、社会的圧力を加えます。

 

20170914他の被験者が回答したものとして、誤った答えが示されるのです。

例えば、映像に青い風船が描かれていたとした回答が多数を占めていたと提示されると、被験者の大半は自分の答えを変え、集団の意見に同調したのです。

自信をもって回答していたにもかかわらず、誤った答えに同調した被験者は、7割にのぼったのです。

彼らは、表向きだけ社会規範に従ったのでしょうか、それとも記憶そのものが変化したのでしょうか。

さらに1週間後、社会的圧力を除いてテストを実施して、回答が誤ったままであれば、記憶が変化したとみなせるはずです。

その結果は、被験者の多くは、仲間の圧力がなくても誤った答えを選択しました。

虚偽の記憶が脳に寝ずいていたのです。

20170915長期にわたる記憶の誤りが生じていたのです。

脳の活動をfMRI調べた結果、この現象が起きる仕組みを突き止めることが出来ました。

記憶を変化させた被験者の脳内では、情報の保管場所である海馬だけでなく、感情や社会的反応に関与する扁桃体と呼ばれる器官が激しく活性化されていました。

扁桃体が持つ機能の多くは、動物の本能的な脳に由来します。

これは危険な音を聞き分けたり、感情を表す表情を読み取るといった情動的な反応に重要な役割を果たす器官なのです。

恐怖など情動的反応を引き起こす状況にあるときは、扁桃体だけでなく、海馬も連動して活性化されるため、記憶が強化されると考えられます。

扁桃体は、私たちの生活史を形作る記憶を選り分けます。

感情に訴えかけるものは受け入れ、それ以外は弾いてしまうのです。

記憶を変化させた被験者は、同調へのプレッシャーで感情的に影響を受け扁桃体が活性化、これによって誤った記憶が紛れ込んだのです。

扁桃体の動きを見れば、長期記憶に代わるものと、そうでないものも予測できます。

これら上手く使って、失った記憶を現実的な体験から、新たな記憶へと埋め込んで、自分自身の価値観、現在の状態、感情、考え方を再構築し、自己の同一性や自己発見をもう一度行い、他所との接し方や生活史を作り直して穏やかな生活が送れるように未来を想像する能力と記憶の関連に目を向けているのです。

しかし、記憶はフロッピーディスクやビデオテープのような記憶装置とは違います。

人は事実とは違う思い込みを信じて疑わないこともあるのです。それが、個別性や性格をも生み出すのではないでしょうか。

出来事の単なる記録と違い、記憶は影響されやすく誤りも生じがちです。

自己は絶え間ない社会からの情報に応じて生み出されていきます。

人は、独りでは生きられないということですね。

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