心と脳~第3章 思春期~★心の鼓動と脳の神経連鎖★

image1当時の私には大ごとだったが、今、思えば思春期はユーモアに満ちていました。
まずは陰毛やわき毛などが生えてきたのに気づきます。
次に気になるのが匂いでした。
体臭に疎まれがちですが、実は大きな意味を持っているのです。
陰毛は体の成長を視覚的にアピールするだけでなく、体臭を放つ面積を広げるという働きもあるのです。
臭いでも成長を示すことになるのです。
芳香かは別ですが、思春期には体のあらゆる箇所が急成長します。
ですが、部位によっては成長時期が違うのです。
最初に成長を見せるのは、手や足や頭などです。
次に脚や腕が続きます。
最後にようやく胴や肩が追いついてくるという具合です。
3年後、背が25㎝伸びて大人の体になってきます。
image2 この頃、私は戦地に行って、敵を倒し手柄を上げる、そんな希望だけを頼りに生きていました。
今でこそ思えば、軍隊は“プロ野球”に入団するような憧れであったと思います。
そして、思春期の象徴と言えば、女の子への興味が出てきたことでした。
なぜか、この頃から突然、女の子を意識するようになりはじめていました。
幼児期、初めて両親に連れていかれた縁日のお面の屋台で、同じ年頃の男の子を見て意識したころに似ているが、今回の意識は少し違うように思えました。

 

 

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私の場合は、隣に住んでいた2歳年上の“ターちゃん”という女の子でした。
その頃、顔に変化が表れていました。
皮脂腺は肌の保湿と保護のため皮脂という物質を作りますが、思春期のテストステロンの過剰分泌で、この皮脂が過剰に作られると毛穴に詰まった角質や汚れや細菌が炎症を起こすことで、皮脂腺が化膿し、皮膚の表面が盛り上がるのです。
平均的な10代の若者の額に1年で分泌される皮脂の量は、200㏄コップ1杯分です。
だが、私には仲間がいた浩二と政尚だ。
3人とも顔中にニキビが…特に浩二はひどかったと記憶しています。
image4だが1年後、1938年明治大学が六大学史上初の四連覇という快挙がなされた年、私のニキビも治り、品川の小山台にある東京府立第八中学校に入学が決まり、家で合格祝いをしていた時、隣のターちゃんが訪ねてきて、話があると…しかも2人きりで…夢のような出来事に、鼓動が早まったのを覚えています。
初めての恋で不可解な思考回路に陥るのには、実は科学的な理由があるのです。
目的は生殖行為?いえいえ…
恋愛の初期段階では、脳の批判的な機能は働かなくなるのです。
そのため相手の欠点に気づきません。
”恋は盲目“で“あばたもえくぼ”です。
当時の私は、この上なく幸せでした。
だが、幸福感をもたらすセロトニンは、恋に落ちると奇妙なことに減少するのです。

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image6その一方でドーパミンは増加し、快感や高揚感や興奮をもたらします。
その快楽をもっと得たいという欲求が生まれ、さらにドーパミンが分泌されるというわけです。
脳内物質に関して言えば、強迫性障害や薬物依存に近いと言えます。
とは言え、10億回目の心拍を刻むには悪くないタイミングです。
六大学野球の覇者、明治大学にも合格が決まり、卒業を数か月後に控えた1941年の春は、日本軍は快進撃を続け、中国を英国から開放することを盟約にマレー半島のコタバル、明日にかける橋で有名なタイのバタニンから上陸、マレー作戦の開始は、香港攻撃と共に新聞を騒がしていた。
しかし、連日米国の経済封鎖や不均衡の条約締結など、まさに開戦前夜を思わせるような状態だった。

 

 

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学業も恋愛も順調だったある日、私は品川の豊町で働く彼女を迎えに戸越公園駅で降りたのでした。しかし、雨が突然降り始めたので駅の階段を走って駆け下りた瞬間、私の前十字靭帯(大腿骨と脛骨をつなぐ靭帯)が断裂してしまったのです。
靭帯には関節の働きを制御する役目があります。
結局、彼女を迎えに行くこともできず、携帯電話もない時代、病院から家族に連絡を入れてもらうだけで精一杯、彼女がいるなんて話は到底親に言える時代ではなかったわけで、10億1500万72回目の鼓動で初めて失恋しました。
振られるのは何歳でもつらいが、初めてなら、なおさらです…

 

 

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10代の脳がアンバランスなことも影響しています。10代の辺縁系はほとんど成熟しているため、愛、欲望、拒絶などを大人並みに強く感じるのですが、冷静な判断や衝動の制御を促す前頭前皮質は、まだ、未熟なまま・・・ロミオとジュリエットの悲劇には、理由があるのです。

 

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1943年1月おそらく脳がアンバランスなせいで、私は学徒出陣を前に海軍に希望入隊をしたのです。
南方前線行きは分かっていましたが、9週間の訓練を前に胸が高鳴っていました。
新たな場所、経験、人、1943年呉海軍訓練所、基礎訓練では、多くのことを走りながら学びました。
体格、足の速さ、強さが飛び抜けていなくても大丈夫、運動に必要なのは酸素とブドウ糖です。
image10酸素を取り込むために呼吸は荒くなります。
筋肉に送られた酸素によりブドウ糖がエネルギーに代わります。
これを好気呼吸と言います。
18歳での最大心拍数は毎分200回ほど、約18秒で7ℓの血液が胎内を巡る計算です。
それでも足りなくなると、酸素なしでブドウ糖を燃焼しエネルギーを生産するのです。
これで、しばらく持つのですが、乳酸という物質が生成され、筋繊維がちぎれる時の焼けつくような感覚をもたらします。
体に悪いように思えるが、こうすることで、実はパワーアップできるのです。

 

 

image11タンパク質が筋繊維を修復しより太くします、
炭水化物でブドウ糖を補えば、明日また同じように動けます、
私は人生最高の体形になりました。そして毎晩仲間たちと飲み明かしました。
18歳で完璧な体を手に入れると、ありがたみを忘れます。
肝臓が処理できるアルコールは1時間に1杯程度です。

 

 

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それ以上飲むと脳に回り、“ろれつ”が回らなくなるのです。

目がかすみ、判断力も鈍くなります。
戦争に比べれば、喫煙は些細に思えますが、実は大ごとなのです。

 

タバコの煙は、4000もの有害物質を含み、肺の浄化を助ける線毛の機能を低下させます。
粘液や毒素がたまり、肺が詰まると、有害物質が血液に流れ込み、白血球数を上げなど、循環系に問題が発生するなど喫煙を長く続けることが命取りになる可能性は高いのです。
image13私は、教官のお気に入りではなかったようだが、訓練終了の1週間前の私は戦闘マシンと化していたように覚えています。しかし、どうゆうわけか、体調を壊してしまいました・・・結核でした。
私を含め数人が罹ってしまったのです。
感染者との接触で、体内に潜入したウイルスは、私たちの細胞の中に入り込み、そして自分の複製を作り急速に数を増やしていく、それが、ウイルスというもののやり方です。

 

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体を完全に乗っ取ってしまうのです。
そこで、T細胞の出番だ、T細胞は乗っ取られた細胞を攻略して殺し、更には攻略法を記憶します。
つまりウイルスごとの対処法を備えたT細胞が、私たちの護衛をしてくれるというわけです。理論上は…

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さて、喫煙のせいか運が悪かったのか、ウイルスが肺に入ってしまい私は気管支炎にもかかってしまったのです。
健康そのものから一気に重病人になったわけで、私は死ぬかと思っていました。
軍もそう思ったのだろう!
小隊の仲間は皆、赤城に乗船に南方ミッドウェイに向って発ったのでした。
私は健康上の理由で普通除隊となったのでした。

 

 

 

image16ミッドウェイに派兵され、5週間で仲間たちは死にました。
納得できなかった、正直言うと今でも…運よく生き残ったが、何をすべきが分からなかったのです。
戦後、日本は復興に向けて動き始めていた。
人生を決める選択やチャンスが私に訪れようとしていた。そんな青年期。

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