★日照量の減少がホルモンの分泌を減らし…認知症状を助長する!★
私達の研究の一つに、単身・重度であっても在宅を中心とする住み慣れた地域で、認知症の人が生活を継続する事が出来る可能性を調査するシームレスケア研究があります。
そんな研究の中から、気象とBPSD(行動・心理症状)の関係について調査した結果を「今月の認知症予報」と題して報告しています。
冬型の気圧配置が近づくと気分が滅入り、何をやるのも億劫になって、アルツハイマー型認知症の人には抑うつ症状がレビー小体型認知症の方には認知の変動やパーキンソンの悪化など、私たちの調査では行動・心理症状BPSDは、毎年10月と比べると11月は平均して約3.1倍も頻回に発現しているのです。
これはなぜなのでしょうか、日照量の減少がホルモンの分泌を減らすために起こる季節性情動障害(SAD:Seasonal Affective Disorder)と言う病が原因ではないかということなのです。
季節の変わり目は、人間の気分に影響を及ぼすということは、紀元前400年頃のギリシャの医師ヒポクラテスが、その頃からすでに「冬に病気になる人が多い」とSADについて書いています。
11月のこの時期は、滅入った気分が最も強くなって、わけもないのに落ち込んで、何をやるにも疲れる気がして休みたくなる。睡眠不足でもないのに昼頃から眠たくてしょうがない。もちろん体を動かすなんてことはする気もない。そのくせ口寂しくて甘い食べ物がほしくなったり、さっき食事したばかりなのに、続けざまにお菓子や果物をまた食べてしまう。
誰もが経験していることと思います。
実は、この時期、認知症の方の家を訪ねると、冷蔵庫や棚の中にはお菓子や果物、ジュースなど甘い飲み物やごっそりと見つかることが多いのです。
私たちは、このような状態を、認知症の方が家の中にこもって過ごすところから「冬籠り症候群」と呼んでいます。
このようなSADは、一見うつ病のように思われがちなのですが、認知症の人などは、日照量の減少でホルモンの分泌が減ってきたために起こると考えた方が正しいようです。
その根拠には、遺伝子も関与しています。
昔は人間も熊のように冬眠する動物だったので、健康な人よりも概日リズムが敏感に反応してしまう認知症の人などは、冬眠する遺伝子が強く影響して、冬になって体調がおかしくなってしまい精神状態や睡眠、食欲などに関わるメラトニンというホルモンの分泌が減り冬籠り症候群が起こり、結果BPSDを呈してくるのです。
一般的にはSADは、若い成人女性に多く年配者が罹ることは極めてまれといわれているのですが、アルツハイマー型認知症の軽度から初期中等度の人が、この時期に抑うつ症状が始まり、春になると治まるという特有のサイクルを「アルツハイマー型反復性冬季うつ病」と呼ぶこともあるぐらい、このようなSADの症状を呈する人が多いのです。
アルツハイマー型認知症のSADは、季節性でない認知症の抑うつ症状の方と症状は少し異なるようです。
一般的に認知症の人の抑うつ症状は、午前中の気力低下と気分の落ち込みから、アパシーのような意欲の低下も見られます。生きる張合いも無くなり、「死にたい」などの発語も増えて物事を楽しめなくなります。焦燥感が常にあり、人目を避けるように自閉的になり、人との接触を避けますが、SADの人との大きな違いは睡眠と食欲にあるようです。
睡眠では、抑うつの人は睡眠障害から眠れなくなりますが、SADの人は冬の間、起きるのがとてもつらくなり、日中にも眠気から寝てしまうことが多くあります。また、チョコレートや甘いお菓子といった高タンパク質の食品が食べたくなる
のです。このような食欲は、まさに熊の冬眠に似て「冬籠り症候群」と私たちが呼ぶ食欲です。さらに運動量が低下するので太りやすくもなり日常生活に支障が来たすようならばSADなのです。
ですから、このようなアルツハイマー型認知症の人は、春になると回復し気分が高揚した軽躁状態になりアクティビティにも積極的に参加するようになりデイサービスも好んで出かけるようになりますが、被害妄想を始め盗害妄想や嫉妬妄想の発症頻度も増えてくるのです。
この時期、昼間から眠たくて、勉強や仕事にも身が入らず、口さびしく、ついつい食べ物に手を出してしまう人は、もうれっきとしたSADかも知れませんね!
これらの原因は、単に冬場の日照時間不足が原因であると考えられています。
認知症の人は施設や在宅では、殆どの生活を屋内で過ごすことが多く、日光に当たる時間が少なくなって、メラトニンの分泌が減ってしまった結果なのです。
出来るだけ天気の良い日には、散歩がてら陽光がサンサンと降り注いでいる公園とか郊外に出て日光に当たると効果があるようです。
実は私たちの改善方法の一つに、日光浴を兼ねて家族や地域の方の理解と協力のもとラジオ体操を屋外で行うようにしています。現実見当識訓練を兼ねて「春が来た」を歌ったりするのは効果があるようです。
科学的な方法もあります。朝と夕方の2回に分けて2000luxの人工照明を当てる光療法の治療もあり効果を上げています。
ライトボックスと呼ばれる人口光を毎日30分から1時間程度、朝食時に照射すると1週間程度で効果が現れますが、夕方5時以降の夕食時などに照射すると、逆に昼夜逆転や入眠障害を呈することになるので注意が必要です。
施設では、室内の照明を徐々につけていきます。10luxのフットライトから始まり、テーブルのスタンドライト20~30lux、そして室内照明160~300luxと徐々に明るく人工的に夜明けを迎えさせるのも効果的です。就寝時は逆に消灯していくと深い眠りに入りやすくなります。
冬になって調子を落とすアルツハイマー型認知症の人は、出来るだけ散歩をして太陽の光に当たり、認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioural Therapy)を活用して、認知症の人の心のペース、感じ方、考え方、安心の仕方に合わせ、自分なりの生き方を続けさせるように介護者は間違いを許容しながら馴染の関係を作ります。
そして、現実のよりどころを与えていきます。そうすれば、SADが確認されても、急激な環境変化を避けることが出来るでしょう。
異常な食欲や嗜好変化は生活の中に決まった日課を与え少しでも時間付けを持たせるようにするだけでも改善されます。
次回は、異常気象が認知症の人に及ぼす悪影響とは、日本人の平均寿命は毎年延びて、人生80年は当たり前になった訳ですが、異常気象が続くと平均寿命が短くなると共に認知症の中核症状やBPSDにも大きく影響し、異常気象は認知症状を助長して寿命を縮めてしまうというお話です。