認知症と心の科学1

◆NMDA受容体を補い記憶力を蘇らせる分子標的薬剤◆
人間の脳は、最後の未開拓領域かも知れません。まだまだ分からないことばかりですが、脳を装置として捉えれば宇宙で最も精密な装置かもしれません。そして、その精密装置の故障が認知症なのかもしれません。故障であれば直(治)せる可能性は大きいはずですね。
認知症と心の科学では、研究所が選んだ世界の認知症研究を分かりやすくお伝えしていきます。
アメリカの95歳の詩人スタンリーキューニッツは、老いた自分らしさを詩にしています。
「一つの場面を思い出しても小さな断片が抜け落ちていたりする。その一方でいっそう深く染み込んでいく記憶がある。これが『黄昏』なのであろうか、言葉がいくらでも浮かんできたのは40年以上も前の事、今ではその言葉も散っていく今宵の唸る風と雨に散りゆく木の葉のように、心はいかにして、喪失の宴を甘んじて受け入れるのか」と生活史を振り返り自分らしさをこう語っているのです。
嗜銀顆粒性認知症(DG)を彷彿させられるように思える詩でもあります。
脳のしわには人生の軌跡が刻まれ今の自分を形造っているわけですが、この自分らしさは脳にある生涯生き続ける1000億個以上のニューロンに焼き付けられた知識と記憶によるものなのです。
また、ニューロンの寿命は120年程度ともいわれ修理もせずに長い時間を働き続ける構造となってはいるのですが、それでも身体的には老化した脳は、厳しい環境に直面しながらもニューロンは頑張り続け長い時間を持ちこたえるのには驚かされます。
老化しつつある脳は、若い時には無かった問題に直面する訳です。たとえば神経回路の速度の低下、障害が残る病気や損傷など長い間「寄る年波には勝てない」とされてきましたが、脳は驚くべき再生力を秘めていることが分かってきたのです。
そこで、今年、最初のお話は認知症治療に向けた分子標的薬剤の開発です。
たとえ認知症にかからなくても、人は皆、年をとるにつれ記憶力が衰えます。
アメリカのミシガン大学の心理学者デニスパーク先生の研究に、老化が知的能力に与える影響についての調査がありますが、その研究では、脳の老化に新たな見解を示すデータが集まっています。
デニスパーク先生の研究から脳の老化は、成熟した20歳代から始まることが分かってきたのです。集まったデータを分析すると、それは一目瞭然で20歳~30歳で脳の働きは少し遅くなり情報処理のスピードも少し落ちてきます。
蓄積できる情報量も、思い出せる情報量もほんの少しずつ減って行くのですが、それは20歳代から始まってその後は止まることがなく減り続いて行くのです。
そして70歳ぐらいになって突然、その緩やかな衰えの積み重ねが取り返しのつかないところまで来ていることに気づきます。
もう以前の自分ではないと誰もが実は自覚出来るようになります。そして、物凄い不安に見舞われると言います。この不安からうつ状態になると認知症を発症すると言う調査研究は多くあります。
老化は特に記憶力に現れてきます。身近な事柄は覚えていられるのですが、そうでない事柄を覚えるのは難しくなります。
脈絡のない単語を覚えてもらう実験をすると記憶力の衰えがよく分かります。
人の名前を覚えること、車を止めた場所を忘れずにいること、年をとるとなぜこうした事が困難になるのでしょう。
最近の研究で、答えは記憶の形成過程にあると考えられてきたのです。
記憶形成のためニューロンは電気信号を送り化学物質を放出して安定した回路を作ります。
従来は脳が老化すると多くのニューロンが死に絶え、新しい回路は出来にくくなると考えられてきました。
それが1990年代になって、誤りだと分かったのです。
新しく分かってきた事の中でも特に画期的だったのは、ニューロンは殆んど減らないということでした。脳が正常に機能する細胞は十分に残っているのです。これは驚きの新事実です。
脳の中の記憶にかかわる領域、海馬の研究をしているニューヨークのマウントサイナイ医科大学の神経心理学者のジョン モリソン教授は言います。
興味深いことは、ニューロンの数が減っていないとなればなぜ脳の機能が衰えるのか別の原因を見つけなければならないことでした。
新しい事を学ぶ時、海馬のニューロンはニューロン同士の隙間に信号を送ってお互いをしっかりと接続します。この接合部をシナプスと呼びますが、シナプスの確固たる接続を作るのに欠かせないのが、カルシュームイオンの動きです。
そして、カルシュームイオンがニューロンに流れ込むと化学変化が起こり接続がより安定するのです。
カルシュームイオンはニューロンの入り口のNMDA受容体から取り込まれるだけでなく、NMDA受容体は記憶と深く結びついていることが分かってきました。
年をとって記憶力が衰えるのはこの受容体の衰えが原因かもしれません。ジョン モリソン教授はそう考えて、そのNMDA受容体の数の変化を調べたのです。
猿の海馬を調べると、若い猿には一つのシナプスに何十ものNMDA受容体がありました。
ところが、NMDA受容体の数は年をとると激減したのです。これは驚きでした。
それだけではありません。この現象が起こったのは新しい事を学んだり覚えたりする回路が中心だったのです。まさに老化によって影響を受けるとされている記憶の回路だったのです。
NMDA受容体が原因だと分かれば希望も持てます。
今は分子標的薬剤の治療という方法があるのです。これは、疾患の成立メカニズムが解明されれば、そこに関わる特定の分子を標的に薬剤を生成することが出来るからです。
認知症の成立メカニズムが解明されれば、正常細胞や正常組織との分子生物学的な反応を特異的に変化させNMDA受容体の激減を阻止することを目指した分子標的薬剤の開発が期待でき、記憶の回路を健全な状態に戻すことが出来るかもしれないからです。
失われたNMDA受容体を補い記憶力を蘇らせる事が出来るのではないでしょうか、そんな分子標的薬剤の開発が既に試みられているのです。
◆次回はBDNF脳由来神経栄養因子のお話です◆
私が心理学の入門コースを学んだころから、脳を筋肉と同じように考える人がいました。
でも教授が笑いながら、脳は筋肉ではありませんと否定するのが常識だったのです。
ところが1980年代以降、それは大きく変わりました。脳はある意味筋肉のようなものだと分かってきたのです。ですから脳も鍛えれば鍛えるほど発達することが分かってきたのです。次回は、BDNF脳由来神経栄養因子と認知症予防のお話です。
☆本年も宜しくお願いいたします☆

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