心に残る今月の一冊

塩井純一

「サルとジェンダー 動物から考える人間の〈性差〉」フランス・ド・ヴァ―ル著、柴田裕之訳、紀伊国屋書店、2025年3月刊

生物進化の系統樹の上で尻尾の無いチンパンジーとボノボは人類(ホモ・サピエンス)に最も近く、我らの祖先は彼らの祖先と600~700万年前に枝分かれしています。この チンパンジーとボノボを主な研究対象とした動物行動学者によるジェンダー論です。因みに著者フランス・ド・ヴァ―ルは2024年3月75歳で亡くなっています。

冒頭いきなり、チンパンジーの殺人(殺チンパンジー)事件が報告されます。更に驚くべきは、仲間二頭が共謀してライバルを殺したというのです。生物の至上原理は子孫を残すことであり、時には自己犠牲を払ってでも自分の「種」を残すのに対し、その様な進化的に埋め込まれた本能に反して、知能を発達させた人間・人類だけが「殺人」を発明し更には「戦争」文化まで築いてきたと私は理解していたのです。このチンパンジーの殺人事件は、何例も報告があるのですが、いずれもオスによるオスの殺人であり、メスではみられないことから、生物学的な「性」と社会的な「ジェンダー」を多面的に考察し・展開してゆきます。但し、「―――この、男/オスのボスによる支配は必然であるという考え方が間違っていることを、読者に気づいてもらうのが、本書での私の目的の一つ」として書き進めています。

人間では23番目の染色体対がXXかXYかで生物学的な「性」が規定されるのに対し、「ジェンダー」は社会的に規定される「性」です。チンパンジーやボノボでも生物学的な「性」と一致しない「ジェンダー」が見られるのです。いや驚いたことにペンギンでも同性愛・同性カップルがよく見られ、「ペンギンの場合、パートナーやその性別の変動はあまりにありふれているので、ホモセクシャルというより両性愛だと考えるべき」としています。この両性愛がチンパンジーやボノボにも観察されることから、「異性愛」「同性愛」「両性愛」の人為的な区分にも疑問が投げかけられます。ネタバレになってしまいますが、母親が子育てをしてゆく過程での、親子の絆が他者との繋がりの原始型・起源と捉えることにより、その遺伝的プログラムが進化して大人同士での絆や愛、更には社会性を生んだと考えるのです。子供への愛がオス/メス(男児/女児)を区別しないように、大人同士の愛も当初はオス/メスを区別しなかった原始型だったのが、異性愛へ進化していったという可能性です。とは言え、「異性愛」が生物の至上原理である「子孫を残す」うえで、我等人類の進化には優位であったというだけで、「同性愛」や「両性愛」が「異性愛」より劣っているとは言えないようです。実際現存するボノボはむしろ「同性愛」「両性愛」を深化させることにより、争いのない理想的な社会を築き上げてきたように思えます。彼らは殺人(殺ボノボ)もしないし、集団間の暴力的衝突(戦争)もないのです。緊張関係・敵対関係をセックスで解消するという驚くべき戦略を進化的に取り入れ、安定した社会を獲得し、進化的に生き延びてきたと言えるのです。今度生まれ変われるとしたらボノボがいいですね。

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