塩井純一
「春に散る」沢木耕太郎著、朝日文庫、2020年刊
読了後、朝日新聞紙上にて連載された小説と知りました(2015年4月1日~2016年8月31日)。
ボクシング世界チャンピオンを目指し、単身アメリカに渡るも挫折した主人公広岡は、当地でホテルマンに転身、事業家としてそこそこ成功し40年ぶりに帰国します。
40年以上前の、同じ時を同じジムで過ごした仲間たちが、必ずしも幸せな老後を送っていない様子に心を痛め、借り手の見つからなかった大きな屋敷を借りて、4人でシェアハウスのような共同生活を送り始めるのです。
「老いをどのように生きたらいいのか。つまりどのように死んだらいいのか。たぶんそれは、どのように人生のケリをつけたらいいのかということにつながるものだろう」(本文より)という問題意識は、老いた元ボクサー達だけの問題ではなく、老いた元若者、老いた元壮年の男の問題だと拡げています。
認知症研究者として私自身、介護の在り方や、老後のシェアハウス構想を夢想していたので、大変魅力的な話題・テーマであり、かつ読者を飽きさせないような、時にエキサイティングな、ストーリー展開で一気に読めました。
読み易かった半面、物足りなさが残りました。主要人物の4人のボクサーが概ね善良過ぎて、過ちを犯した人間、歳を重ねた人間の苦悩の深さに欠けているのと、「老いをどう生きるか」の哲学的なテーマに十分踏み込んでいない為かと考察しました。
でもそれは私の勝手な期待し過ぎ、先入観だったようです。実際、著者は文庫版あとがきで主人公広岡について「私がーーー描きたかったのは、彼のーーー見事な『生き方』でもなく、鮮やかな『死に方』でもない。―――あえていえば『在り方』だった。
『生き方』や『死に方』という未来のために現在をないがしろにしたり犠牲にしたりせず、いま在るこの瞬間を慈しむ」と書いており、「終活」が進まず焦っている私(じき78歳)には合点するところがありました。
新聞小説という枠組みに適ったストーリーの運び方(主人公の帰国直前から、心臓発作で亡くなる約一年を、一年余りの連載で書き終える)で多くの読者を日々繋ぎとめていたと思われ、エンターテイメント小説としては成功しています。
映画化されたというのも納得です。
ノンフィクション作家、沢木耕太郎の同名小説を、瀬々敬久監督が映画化した。
2023年8月25日上映 「春を散る」 の一場面、ひとシネマより、監督 :瀬々敬久、出演 :佐藤浩市:横
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