私たちは、温血で気温や水温など周囲の温度に左右されることなく、自らの体温を一定(homeostatic)に保つことができる恒温動物で、肺呼吸し心臓は2心房2心室で、大脳は発達し複雑な行動をとる身体は毛でおおわれ汗腺が発達している哺乳動物です。その中でも、特にホモ・サピエンス(人間)は汗をかきます。スポーツや肉体労働をしなくても、人間は1日2.5リットルの汗をかいているのです。
ホモ・サピエンス(人間)は、なぜ汗かきになったのでしょうか、人類の歴史を垣間見ながらそのメカニズムを手繰ってみましょう。
1924年11月、南アフリカに住んでいた解剖学者、レイモンド・ダート(Raymond Dart)が、スタークフォンテインの洞窟で人間とも猿ともつかない動物の頭蓋骨を発見し、前かがみ気味に直立二足歩行していた人類の祖先のものであると考えて、「南の(Australo-)猿(pithecus)」という意味の「アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)」を1925年に学術雑誌『ネイチャー』に発表されました。
その後、南アフリカ最大の都市「ヨハネスブルク」の近郊にあるダウング洞窟からは、現生人類を含むホモ属の新種とみられる15体分の化石をウィットウォーターズランド大学リー・バーカー博士らの研究グループが見つけたところから類人猿は人類となったのです。
想像してみると、太陽の強い光線のふりそそぐダウング洞窟から毛深いアウストラロピテクス・アフリカヌスが草原に飛び出した時から、皮膚に汗腺を発達させ、汗をかくことで代謝をはかり、高温多湿に適応するメカニズムである汗腺をつくり上げてきたということです。
私達ホモ・サピエンスは、そのお陰で、暑いところでも生きていける能力が備わったのだといえるのです。
その汗腺にはアポクリン腺とエクリン腺の2種類があります。
毛根の生えているところにあるのがアポクリン腺で、人間には、わきの下、外耳道、陰部、乳輪、へそ、肛門周囲などの限られたところにしかありません。
また、汗腺の大部分を占め体表全体に分布しているのがエクリン腺です。
一方、体表に体毛が生えている毛皮のある哺乳動物は、反対にアポクリン腺がほとんどで、エクリン腺はわずかに足の裏に残すだけです。
エクリン腺は、アポクリン腺よりはるかに高い発汗作用の働きがあります。
全身の皮膚に分布し発汗により体温調節や細胞内の分泌物を体外に漏出する。
そのお陰で人間は、高温多湿のところでも生きていけるのです。人間の体のなかでも汗腺の多い部分は、胸、額、腹、背中です。
しかし、汗の量は必ずしも汗腺の数とは比例しないのです。一番多く汗をかく部分は額で、つぎが手の甲と足の甲です。そして腕、腰、腹、背中、胸と続くのです。
認知症の方で汗が多く出る方がいますが、多汗症と間違われやすいのですが、汗が多いというのは時として重大な病気のサインでもあるのです。
認知症の方で汗が多く出る病気には、甲状腺機能亢進症という甲状腺ホルモンが増加して全身性多汗症があるので、着替えなどの時の汗の量などに気をつけることが大切になります。
神経伝達系に障害を持つ方が多いのも認知症の特徴です。レビー小体型認知症などでは自律神経障害を伴うことも多く、汗だけでなく唾液も増えたりします。
その他には代謝異常、ホルモンバランスの乱れから、エクリン腺から臭気を持たない、いわゆる汗(水分)だけでなく、アボクリン腺から独特の臭気性のある粘性の※サイトカインの分泌による汗が多い場合などに注意します。
また、全身多汗症といわれる内分泌、代謝性疾患、悪性腫瘍、中枢神経疾患、膠原病、感染症でも多汗症になるのです。
その他に認知症の方では、不安を感じた時や人前に出て緊張を感じた時、ストレスを感じた時など普通の人より顔や頭部、手のひら、足の裏、脇の下などに多くの汗が出る多汗症が多く見られます。
ここで、多汗症と汗かきの違いを簡単に説明しますと、多汗症とは、体温調整を必要としない状況でも汗をかく場合です。
一方、汗かきとは、体を動かしたときなど身体の体温が気温の暑さやスポーツ、食事などで上がった時に汗をかいて体温を下げようと体温調節のために汗をかく場合です。
そして、もう一つ汗をかく重要な働きが、外気の湿度に合わせて体内の温度の調節をはかる耐暑能力です。
ですから、うんと暑い処、そこそこ暑い処、暑くもなく寒くもない処、涼しい処、寒い処と生まれ育つ環境によって、汗腺の数もちがってくるので耐暑能力にも個人差が出るのです。
人間の汗腺にあるエクリン腺は400万~500万ありますが実際に汗を出す能動汗腺は250万でこれは生後2年~3年間にどれだけ汗をかいたかで決まってしまいます。
3歳までの時期に汗をあまりかかない生活をしていると、汗腺が発達せず体温調整がしにくい身体になります。体温調節は熱いところと寒いところとでは、同じ数の汗腺を必要としないからです。
これが進化による環境適応能力というものなのです。
つまり、汗腺は胎児のうちにでき上がりますが、環境適応に必要な汗腺の数は生後2年~3年間の環境で決まるということです。
だから、暑さに強い人、弱い人というのもこの時期、どの地方に育ったかよって決まってしまうのです。夏生まれの人が暑さに強いといわれるのは、このあたりに根拠があるのかもしれませんね。
認知症のケアを行ううえで生まれ育った環境のアセスメントと生まれた時期が重要な理由にはこんなこともあるのです。
どちらにしても、認知症ケアでは汗の出具合を更衣介助時には必ず確認することとストレスマネージメントをしっかり行うことが必至命題ですね。