塩井純一博士連載コラム 第1話アルツハイマー病を始めとする認知症治療の展望★予防そして自立介護に向けて★

昨2016 年の感謝祭の休日前に New York Times 紙が「アルツハイマー病の治療試験失敗」を報道しました。続いて日本の朝日、読売、毎日の各紙にも出ていましたが、製薬会社大手のイーライ・リリーが病気発症前の軽度認識障害をもつ患者2,100 人を対象とした大規模臨床試験の中止を発表したと云うニュースです。私達研究者にとっては「あー、又か」の感想です。なにしろここ10 数年に亘る160 余りの臨床試験がことごとく失敗に終わっていると云う惨憺たる有様なのですから。今回の臨床試験でも恐らく億百万ドル(日本円で換算すれば100 億円)レベルの資金が泡と消え、その費用は結局他の薬の値段に跳ね返る訳ですから、我々薬の消費者・購入者はたまったものではありません。アルツハイマー病に関心のある方ならお気づきかもしれませんが、ほぼ2,3 ヶ月毎位に、多いときには毎月新しい治療法の発見がニュース種になっています。

しかし、ほとんどが科学的には未だしっかりしていない予備的な研究結果であり、それにも拘わらずアルツハイマー病に対する関心の高さから、読者におもねる形の希望的観測ニュースが垂れ流されている状況があります。

今回の様なネガティブな結果の報道はむしろ珍しいのですが、さすがに従来の偏向報道を少しは戻そうとしたのかもしれません。

これらの断片的な、また偏った知識を正したいと云う意図と、他方将来的な希望を提示しようと「第一部:アルツハイマー病を始めとする認知症治療の展望」「第二部:病気発症の危険因子に基づく予防法」「第三部:デジタル技術を取り入れた自立介護の将来」の3 部作に分けて出来るだけ系統的にお話しを展開したいと思っています。急性を除く慢性の認知

症は Neurodegenerative diseases と呼ばれる70 以上の病気からなります。その中でアルツハイマー病が60 ~ 70%、脳血管型が10 ~ 20%、ルビー小体型が10 ~ 20%と云われており、この3っで90%にのぼります。後2 者は部分的にアルツハイマー病と重なっており、

またアルツハイマー病の研究が最も進んでいるため、これからお話しする第一部はこの

研究成果に則っている場合が多いのですが、第二部、第三部は多分に認知症一般に拡大して考えます。

今回は「第一部:アルツハイマー病を始めとする認知症治療の展望」の初回なので、アルツハイマー病治療法の考え方を説明させて頂きます。その為にはアルツハイマー病発症

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のメカニズムを理解しなければならないのですが、ご存知の様にアルツハイマー病は脳の病気なので、現代科学の最先端である脳のミステリー解明とつながっており、膨大な知識が

 

図1:アルツハイマー病患者の脳の切片を染色した光学顕微鏡像;図左はアミロイド斑、図右は神経原繊維変化を示す。

積りつつある半面、どんなに判っていないかに愕然とする局面も多々あるチャレンジングな研究分野なのです。実際にこの分野の研究に過去25 年以上携わった者として、反省・

懺悔も込めて、なるべく簡単な解説を心掛けますので少しお付き合い下さい。

アルツハイマー病の診断基準は(1)記憶及び認知に障害がある事に加えて、脳に(2)アミロイドの沈着(図1 左)と(3)神経原繊維変化(図1 右)の両方が見られる事です。アルツハイマー

病患者は2 ~ 5%の家族性と95 ~ 98%の孤発性に分けられるのですが、アミロイドの構成物質を作る遺伝子に突然変異を持っている家系が何十例も見つかっています。

それぞれの家系で病気の発症年齢が決まっており、突然変異を受け継いだ家族構成員はほぼ必ずその年齢で発症するのに対し、突然変異を持っていない家族員は病気を発症しな

い事から、このアミロイド構成物質が病気の原因と考えるアミロイド仮説が20 年以上前に唱えられました。まずこの仮説を簡単に説明する図2 を見て下さい。アミロイド前駆体タ

ンパク質をコードしている遺伝子からアミノ酸数695 ~ 770のタンパク質が作られ、これがプレセニリンと呼ばれる酵素で切り取られて37 ~ 43 のアミノ酸からなるペプチド、A ベータ、が出来ます。

このA ベータ分子同士がくっついてオリゴマー(数量体)が作られ、更に原繊維、アミロイド斑と変性してゆきます。先述した様に、アミロイド前駆体タンパク質遺伝子に突然変異を持っている患者の場合はこの突然変異が病気を引き起こしていると言って良いのですが、

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それ以外のアルツハイマー病患者では、図2に示す遺伝子下流のオリゴマーとかアミロイド斑が病気を起こすと云うのが所謂「アミロイド仮説」と呼ばれるものです。

アミロイド斑やその前駆体・中間体であるオリゴマー等が悪さをしていると云う訳なので、これらを標的とする治療法や薬が次々と開発されました。動物実験では成功し、その後、

図2:アルツハイマー病の原因を説明するアミロイド仮説; アミロイド前駆体タンパク質からオリゴマー
(数量体)等の中間体を経てアミロイド斑の形成に至るフローチャート。BASEとプレセニリンはアミノ酸数
695から770のアミロイド前駆体タンパク質を切り取って、アミノ酸数37から43のAベータ・ペプチドを
作る酵素。これらアミロイド前駆体タンパク質からアミロイド斑に至る中間体、或いは最終産物のアミロイ
ド斑のどれかが細胞毒で神経細胞の死を招くと提唱している。今まで100余の臨床試験ではAベータ・ペプ
チドやBASE、プレセニリンを標的としてアミロイド斑の縮少・除去には成功したが、病気は治せなかった。

 

実際の患者を対象とした臨床試験が始まりました。しかし約15年に亘る160余の試験は全て失敗に終わり、未だ治療法は見つかっていません。因みにアルツハイマー病の薬として現在4種類の薬が

日米で公式に認可されているのですが、いずれも短期の対症療法薬で病気を治しません。私が研究を始めた1990年当時は亡くなった患者さんの脳を取り出し分析・観察(例えば図1)して、病気

で何が起こっていたのかを推測していたのですが、ここ数年来、生きている患者さんの脳を画像解析で観察出来るようになり、この新しい生医科学技術が我々の理解を大きく変える事となり、何

故今までの臨床試験が全滅したかが判りつつあります。その急展開は次回で説明しますのでお楽しみに。

 

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